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アインシュタイン・ハイツ 302号室 藤井祐一

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重くて深い一歩


 数分後。
 しかして、尾形結衣は呼び出しに応じて会議スペースに登場した。
「なによ、おさんどん係。電話で話せない話って、何?」
 尾形は、俯いたまま怯えたようにしている平家の横に陣取って椅子に座る。
「平家の一件は解決した。だが、別の問題が有ることが明らかになった。その報告と、関連の話だ」
 祐一はコピーして署名部分をマジックで塗りつぶした本橋や遠藤の『念書』を尾形の前に放り投げる。
「解決?」
「藤井くんが、全部調べてくれたんだよ。誰がアタシを付け回していたのか。上履き盗難がどうして起きたのか。犯人が誰で、どんな理由なのか。その上で藤井くんは、『犯人たちが条件を守るのなら、なかった事にする』って約束をしたの」
 平家が尾形にそう説明すると、尾形の柳眉が釣り上がった。
「はぁっ!?何してんのよアンタ、そんなの捕まえて、警察に突き出せば済む話じゃない!!」
「……それで全部が済む話ならそうしている。でも、それでは完全に決着がつかない話だからこの決着を選んだんだ。それがお互いの利益になるからな」
 祐一は落ち着いて言葉を選びながら、平家に目配せする。
 『自分の口で言え』。
 そのアピールのつもりだった。
 平家は祐一の表情を見て、顔を強ばらせる。
 恐らくは反射的に出たその強い拒絶を、しかし、祐一は許さない。
「お前の口から、真相を言わなければ何も始まらないぞ。仲良しごっことおまえたちの関係がこの場で終わるだけなのか、総てを精算して二人でやり直すのか。……選んだんじゃなかったのか?」
「………………」
「何よ。どういう意味……?」
 祐一の言葉と、平家の苦渋の表情を見て、尾形がただならぬ雰囲気を感じ取った。
 暫しの、いや、かなり長い沈黙を経て、平家あずさは口を開いた。
「結衣ちゃん、よく聞いて」
「……何?どうしたの、あずさちゃん?」
 平家の口からようやく紡がれた言葉の真剣さに、尾形が狼狽する。
 祐一は、次の言葉を待っていた。
「……この事件は、アタシが結衣ちゃんの受けた告白を、代わりに断ったから起こったんだよ」
 その瞬間、平家と尾形の間にあった『色』が、総て消え失せた。
「…………え、それって、どういう事?」
「……結衣ちゃんが自分で断らずに、その人が一生懸命にした告白の事をアタシなんかに話して、アタシに断らせたのが許せなかったんだって、言ってた」
「そんな、勝手に好きになられて、いきなり告白されたんだよ!?それにあずさちゃんだって、『いいよ』って言ってくれたじゃない!」
 尾形が平家に裏切られたような視線を向ける。
 尾形の視線を受けた平家は尾形の視線を受けて、辛そうな表情を見せた。
 その平家の表情を見て、尾形の狼狽と混乱が一層酷くなった。
 そこまで見て、祐一は罵り合いになる前に口を挟むことにする。
「幾ら平家が断らなかったからと言って、それは、他人に返事を押し付けていい理由にはならないよ」
 祐一の助けを得て、平家は僅かに落ち着きを取り戻した。
「……結衣ちゃん。結衣ちゃんは『好きになられた側の責任』としてどんな形であっても、誠実に、自分の口で、ハッキリと断るべきだったんだよ。方法は分からない。ただ、手紙でも、電話でも、結衣ちゃん自身が相手の人の想いに向きあって直接返事をしていれば、この事件は起きなかったんだよ」
「あずさちゃん……」
 尾形が、呆然と平家の方を見る。
 祐一は、平家にフォローを入れることにした。
「……尾形。平家は、『自分が安請け合いしなければ、この件は起きなかった』と言う事を理解したんだ。……これが、俺がお前たちを一緒にこの席に呼んだ理由だ。お前の『甘え』を平家がしっかりと抑えられなければ、今後似たような事件が起こり続けることになる。お前たち自身、こんな事になる前から薄々感じていたはずだ。『これは良くないことだ』と」
「……でも、今までは!」
 尾形が食い下がる。
 祐一は尾形の声に宿る『色』に、戸惑いと危機感、恐怖、それらが混ざっているのが『視えた』。
 それを得て、今まで持っていた『何故尾形が、告白の返事を平家に頼んだのか』という問題への『推測』が、正解だと言う『確信』に至る。
 それは、『甘え』と、『逃げ』だ。
 平家の『優しさ』に同居している『甘さ』は、尾形にそれを許してしまったのだ。
「そう、あくまで『今まで』だ。今まで発生しなかった事が『偶然』に過ぎない。尾形、お前のその『甘え』と『逃げ』が如何に平家を悩ませ、苦しめてきたのか、一度たりとも考えなかったのか?お前の代わりに告白の返事をすることで平家が罵声や嫌悪感を持って見られることを、一度も想像しなかったのか?いや、そんな筈はないよな。お前は『お前自身が罵声を浴びたり、執拗に迫られるのが怖かった』から『逃げた』んだろ?だからこそ、平家に返事を押し付けてきた。……違うか?」
「……っ!!」
 尾形の表情が、険しくなる。
 祐一は尾形の事を置いて、改めて平家に問いかける。
「平家、先刻も訊いたが、どうしてお前はそこまでコイツを甘やかした?お前自身がしっかりしていれば、こんな事にはならなかったんじゃないのか?……お前は感じていたはずだ。こういう事になるかも知れないと。だからこそ『心当たりが有り過ぎて分からなかった』んだろ?」
「……大事な、友達なんだよ」
「それは先刻も聞いた」
「それ以上も、それ以下も無いんだよ。アタシが引き受けていれば、結衣ちゃんは嫌な思いせずに済んだ。……それだけだったんだよ」
「平家、尾形に『逃げ』る事を許した、お前のその『甘さ』が、今回のような事件を起こしてもか?」
「………………」
 平家が俯いたまま、更に下を向く。
 祐一は返事がないのを見て、尾形にも訊ねる。
「そして尾形、それがお前たちの、本当にあるべき姿なのか?」
「………………」
 尾形もまた、黙って下を向いてしまった。
 そんな二人に尚、祐一は突きつける。
「お前たちの言う『友達』とは、相手が間違っていることを正さずに、『逃げる』事を推奨する者のことなのか?」
「「………………………………」」
 返事はない。
 そして、苦渋の表情のまま俯く平家と尾形に、祐一は決定的な一言を口にした。
「……それでもお前たちは『友達』なのか?」
「もう、やめてっ!!」
 遂に、それまで瞼をきつく閉じて、祐一のつきつける言葉に耐えていた尾形が、割って入った。
「あたしが悪かったの!あたしがずるかったの!あんたの言う通りよ!あたしがあずさちゃんの優しさに逃げちゃったから、あずさちゃん一人に辛い思いをさせちゃったの!だからもう、あたしはともかく、これ以上あずさちゃんを責めないでよ!」
 尾形が叫ぶ。
 平家の身体を庇うように、或いは身を埋めるように、縋り付くようになりながら、涙声で叫んでいた。
 縋り付いた瞬間の、尾形の目から鼻筋にかけて、涙が伝っていた。
「あずさちゃん、ゴメン。ゴメンナサイ。あたしが、甘えてた……から……」
 その先は言葉にならず、嗚咽ばかりが会議スペースに響いていた。
 平家は縋り付いた尾形を抱きとめながら、祐一の方を呆然とした面持ちで見ていた。