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第二音楽室

　そこは、音楽室は音楽室でも、『第二音楽室』と書かれていた。
　音楽室が二つも必要なものなのかという疑問は有ったが、学生の多い時代には必要なものだったらしい。
　祐一が記憶を辿ったところによると、桜丘学園には吹奏楽部や軽音楽部も存在するわけだから、音楽室が二つ以上存在することに一応意義はあるわけだ。
　軽く手を挙げて『ちーっす』といつもの軽薄さで第二音楽室のドアをくぐった平田は、室内を覗き込みながらこちらへ手招きする。
　お陰で入りやすくなった…と言う程でもないが、祐一は恐る恐る室内を覗き込む。

　内部は完全に『女の園』だった。

　女性用のデオドラント剤の芳香が混じり合って、虹色にも『視える』部屋は、陽光の作り出すコントラストの下で不思議な感触すら生み出す。
　考えるまでも無く、祐一の苦手な分野だった。
『おぉーっ』
　しかも、池本には悪いが池本が入った時より自分が入った時のリアクションが大きい。
　確か、平田の件で平家と話をしたとき、『祐一の食欲が女子の間では噂になっている』という話を聞いたので、その所為かも知れない。
　当然、こういう事には付き合いが悪そうな祐一を『連れてきた』平田に対する賛辞という面もあるのだろうが。
　『観客がいた方が練習には気合が入る』。
　その名目上、部屋に招き入れられた祐一達は、のんびりと女子たちの発声練習や、高音と低音の使い分け練習、腹式呼吸の練習などを見学することになった。
　祐一には声楽の知識はないが、腹式呼吸は実家で仕込まれた武道の基本や、他のスポーツの基本にも通じる部分が有るので、話を聞いていると教え方くらいは身に覚えがあった。
「藤井くん」
　個人の発声練習に移ったところで、平家が話し掛けてきた。
「よう。練習、いいのか？」
「アタシは、声量にはあまり問題が無くて、皆に合わせたり、音を取ったりする方の練習なの。だから、結衣ちゃんとマンツーマン。それにしても、藤井くんも来てくれたんだ。ちょっと意外」
　軽く手を挙げた祐一に、平家が頷いて答える。
「結衣ちゃん？……あぁ、『学園の妹』？」
「その呼び方はやめてっ！」
　先程少し話題になった単語をポツリと呟くと、当の本人が割って入ってきた。
「あたしはあたし！もう高校生なんだから！れっきとした！」
「高校生であることと『学園の妹』と呼ばれるのを拒否することに何の接点も感じないんだが、嫌だと言うのならやめておこう。悪かったな、尾形」
「そうよ！妹分として許されるのは、義務教育である中学生まで！もう高校生になったんだから、あたしも一人前なの！立派なレディなの。社交界にもデビュー出来るし、もうすぐ結婚だって出来るんだから！」
　どうよ、と言わんがばかりに『妹』と呼ばれる外見に足る態度でふんぞり返る尾形に、祐一は周囲に助けを求める視線を送った。
（コイツ、どうすればいいんだ？）
　しかし、祐一の視線を受けても周囲の反応は鈍い。
　平田は別の女子との会話に忙しく、池本は視線を逸らし、平家に至っては僅かに苦笑するのみ。
　取り敢えず醸し出されている空気から、祐一は何となく、『いなしておけばいいんだな』というのを肌で感じ取った。
「おやおや、これは失礼いたしました、レディ」
「な、なんかムカつくわね、アンタ」
「おや、レディは人前で他人を罵倒などしないものですよ、レディ」
「あずさちゃーん。コイツ、ムカつくー！」
　遂に平家に泣きついた尾形を鼻で笑いながら、祐一は『オヤ』と、周囲の視線を確認する。
　皆の視線が語っていた。
　『藤井、なにげにキツイ』と。
　平家は尾形の頭をヨシヨシと撫でながら、祐一に苦笑を向ける。
「藤井くん、あんまり結衣ちゃんをからかわないで。そういう意味じゃないのは分かってるクセに」
「いや何、『一人前』なんて主張するもんだから、つい、ね」
　祐一は肩を竦めると、『いなし方を間違えたな』と密かに反省する。
　プライドをくすぐりつつ、もう少し穏やかにやるべきだった。
　学費も自力で捻出することが出来ない身分で、一人前などと主張するものだから、つい方向性を見失ってしまったのだ。
　学費の捻出の件では、つい先日状況が好転するまで、平田も苦しんでいた。
　それが有ったことも『つい言ってしまった』理由に入らないわけでもない。
　半人前であることに苦しんでいる奴を目の前に繰り広げられる、明らかに半人前であることを理解していない尾形の主張が片腹痛く思えたのだ。
　しかし、いなすべき場面で感情に負け、そこを啄いてしまうと言うことは、祐一自身もやはりまだまだ、ジェニオの言う通り、半人前と言うことだろう。
「あぁ、邪魔して済まなかったな。俺の事はいいから、練習続けろよ」
「あ、そうだった。結衣ちゃん、お願いします」
「はいはい。まぁ、今は藤井との話は後にして、練習しちゃいましょう。押せ押せになって居残りも遅くなると、また怖い思いすることになるかも知れないし」
　平家が思い出したように尾形に声を掛けると、尾形が頷く。
（……怖い思い？）
　祐一は尾形の言葉に引っかかりを感じて池本の方を見たが、池本も肩を竦めて『知らない』旨を伝えてくる。
　練習を始めた二人に声を掛けるのも気が引けたので、取り敢えず練習から撤収するまで、この話題はお預けにすることにした。