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アインシュタイン・ハイツ 302号室 藤井祐一

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或る晴れた昼休み


 桜丘学園の屋上は一応開放されていて、ベンチが備えられている。
 天気の良い日は、祐一もたまに利用する日があった。
 主に、学食の席やパンの購入競争に敗れたときになるが。
 普段は自分の食べたい物を書き忘れたりはしないのだが、たまにパンのことばかり考えていて一緒に口にするであろうドリンクの存在を忘れ、購買部の購入競争に巻き込まれることが有る。
 それが正に、今日、この日であった。
 学校の屋上というのは、ビルの屋上がそうであるように、意外と風が強かったりする。
 それが、開放されているにも関わらず屋上という場所が『穴場』と言う名の空白地帯として学食の座席の取り合いに敗れたり、パンの購入競争に敗れたりしたときに利用される主だった理由だった。
 つまりは、人もあまり居ないのである。
 但し、ありがたい事に、本日この日の天気は快晴。
 風はなく、下手をするとジリジリ照りつけてきそうな天気だが、適度に爽やかな風が吹いており、昼食の場所としては適切と言える状態だった。
「あ〜、このまま午後の授業バックれて〜」
「で、その後部活まで由美香ちゃんに追っかけられるのか?俺は嫌だぞ。フジさんまでついてきそうだし」
 ベンチにだらっと寄りかかってヘタっている平田に、池本が突っ込む。
 因みに、『由美香ちゃん』とはクラス担任でも有る、英語教諭『大沢由美香』のことだ。
 どこかで聞いた名前だと思ったら、数年前にオリンピックに出ていたバドミントンの選手だったらしい。美人選手で、実力もメダルを狙えると言うレベルで注目を浴びたが、怪我が悪化して引退し、後進の指導に当たることにしたらしい。
 一方、『フジさん』というのは国語教諭の『藤山一教』のことだ。
 どうもこの二人、元々教師と教え子だったらしく、大沢は藤山のことを師匠として大いに尊敬していると言うのが『持ち上がり組』である平田と池本から聞いた話だ。
「なんだよー、『お父さん』付きかよ。親離れしろよ由美香ちゃん」
「いや、問題はそこじゃないだろ。先ずサボるなよ」
 祐一は、思わず平田に半眼を向ける。
 まだ若くて可愛らしい印象のある大沢教諭に較べ、藤山教諭は人格者で常に懇々と正論を吐く。
 『それだけに逆らいにくい』というのが、『持ち上がり』『外部生』を問わず、学生たち一般の認識でもある。
 まぁ、事の道理を問わず、誠実を貫いて生きる藤山の有り様には逆らいにくいというのは、祐一もまた同意するところではあった。
「はぁぁぁぁあ〜〜」
 平田がだらけた息を漏らすと、その直後に爽やかな風に乗って誰かの歌声が聞こえてきた。
 正確には『誰か』ではなく、集団での合唱で、『歌声』でもなく、発声練習のそれだ。
「おー、やってるねー、コーラス部。昼休みだってのに気合入ってるなぁ」
 平田が感嘆の息を漏らす。
「コーラス部?」
「まぁ、私立校で金持ち学校だからな。そういう部活も有るんだよ」
 祐一の疑問符に、池本が答えた。
 『金持ち学校』という部分に若干、自虐の色が視えたが、普通の生徒は自分たちの身分を称するとき、大概そんな感じだ。
 実際、桜丘学園は『金持ち学校』とでもいうべき学費を要求してくる学校では有る。
 生徒たちの親に学校の株を買わせて、卒業するときに返すか、保有を続けて配当を与えるかを選ばせるシステムを採っているし、外部や卒業生たちの間でも『敢えて学校の株を買い直す』者も居るという。
 因みに、祐一はジェニオの名義で、そこそこのパーセンテージの株を保有していて、いざとなればその立場を利用する準備はしてある。
「お、一年生だな」
 平田は金網フェンス越しにコーラス部の練習風景を覗き見ると、ダラっと伸びきっていた身体を反転させて確認する。
「一年?」
「平家と尾形が居る」
「尾形は有名だけど、平家まで?アイツ、水泳辞めたのか?」
「あの感じだとそうだろうな。何かこう、アドバイスとか受けてるみたいだし」
 池本が平田の視線を追うように、横に並ぶ。
 祐一としては、平家が水泳をしていたことの方が少々意外だった。
 雰囲気としても、もう少し文科系の部活動、それこそ、コーラス部が似合っている気がする。
 平田と池本が振り返って会話しているので、祐一も何となく振り返り、ここにベンチに逆向きに座りながら音楽室を覗いている変な三人組が誕生した。
 祐一はこの奇妙な絵面を想像して奇妙な感覚に囚われながら、平田に問いかける。
「尾形って、今朝のアイツだよな?『学園の妹』だとか何とか?」
「あぁ、コーラス部の花形で、あのルックスだろ?去年は高等部の先輩に頼まれて、演劇部のミュージカルに客演したんよ〜。あの、なんだっけ、『若草物語』だっけ?」
「あぁ、………エイミー役か?」
「そうそう、一番下の子。詳しいねぇ、藤井っち」
「というか、あのキャラで他の役が演じられるとは思えん」
 『若草物語』においてエイミーとは四女、つまり末子に当たる。
 日本でよく知られている第一部の段階では確か十二歳の設定だが、末っ子らしい、社交性豊かだがおしゃまで無邪気、時に生意気、それでいて姉たちに追いつこうとして失敗したり、姉たちのような才能がないことにコンプレックスを感じたりするタイプの女の子だ。
「…なるほど、『学園の妹』ね」
 高校生にしてあの容姿である時点で、去年の時点でもいかにもハマリ役だ。
 素で演じられるかも知れないあのキャラクターに、観劇した連中が何と言ったのか、予想に難くない。
「あ、こっち気付いた。手ぇ振ってみようぜ」
 こちらの変な三人組に気付いたのか、視線が注がれている。
 まぁ、主に注がれているのは平田だが。
 平田が手を振ると、平家が軽く手を振り返し、尾形もちょっと照れたようにしながらも手を振り返してきた。
「……決めた。冷やかしに行こうぜ」
 平田がベンチから脚を抜くと、パンの包み紙を纏め始める。
「冷やかしって、お前……」
「まぁまぁ、いいじゃんいいじゃん。どうせまだ時間あるんだし。最近頑張ってるコーラス部一年女子を、激励って奴よ」
 呆れた口調の池本の背中を押して、歩き始める。
「藤井っちも行こうぜ。ささ、善は急げよ〜」
「…俺には関係ないんだが」
「まーた、そういうつれない事言うなよー。三人居たのに二人しか見に行かないんじゃ、俺たちが仲間外れにしたみたいじゃんかー」
 抵抗してみたが、無駄らしい。
 困った祐一は池本の方を見たが、池本は肩を竦めて『諦めろ』と視線でアピールした。
「………はぁ」
 結局祐一も、溜息とともに手元のゴミを纏め、平田と池本の後を追った。