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アインシュタイン・ハイツ 302号室 藤井祐一

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中華料理屋『昇龍軒』にて −平田さんちの家庭の事情−



 約二時間後。
 テーブル上に並んでいた数々の中華は綺麗に無くなっていた。
 弟妹達はお腹がいっぱいになったことで眠くなったのか、めいめい思うように横になってしまった。
 当初、健は起こして店を出ていこうとしたのだが、店主が『平日の書き入れ時ちょっと前だ。一・二時間くらい構いやしねぇよ』と言ってそのままにしてくれた。
 現在午後七時。
 この店の書き入れ時は恐らく、サラリーマンや大学生が帰宅する九時前後から始まるのだろう。
 TVのチャンネルはアニメからプロ野球中継に切り替わっている。
「…ウチさ、両親共働きなんだよね」
 健がTVを見ているようで見ずに、ポツリと呟くように言った。
「あぁ、さっき明日香ちゃんがそんな風なこと言ってたな」
「去年までは、母さんは夜勤まではしてなかったんだ。親父も今ほど残業はしてなくて、マーは病院の保育所に預けて、昼間だけ働いてた」
「ふーん」
「…藤井っち。昼休み、池本達からなにか聞いた?」
 健は、祐一が池本達に呼び出されていたことには気付いていたらしい。
 と、なれば隠しても意味が無いので、祐一は素直に頷く。
「あぁ、聞いた。お前、空手やってたんだって?」
「そっか。…で、何だって?」
「お前に滝川さんの話を聞くように口を利いてくれないかってさ。引き受けてないけど」
「…そっか」
 健が安心したように息をつく。
「お前にも何か事情が有りそうだったからな。引き受けた方が良かったか?」
「いや…いいんだ」
 健が頭を振る。
 祐一は、暫くそのまま、健が口を開くのを待つことにした。
「こんな事言ってカッコわりぃとは思うんだけど、さ。ウチ、金が要るんだよね…。ホントはこんな事してる場合じゃないんだ。バイト、探さないといけないと思ってる」
「バイト?」
「あぁ、ウチさ、私立だし、学費高いだろ?去年までは空手やってたから学費免除だったんだけど、今年から高校卒業まで、半額負担になっちゃったんだ。半額なだけマシなんだけど、何十万かは必要なワケさ。ウチは兄弟四人いるからさ。今年からはマーまで幼稚舎に通ってるわけだし、長男の俺が負担掛けちゃいけないんだ」
 健の視線は座敷席で安らかな寝息を立てている弟に向いていた。
 双子の姉妹に挟まれて幸せそうに寝息を立てている幼児からは、幸福の『色』しか視えてこない。
 それはまた、弟を抱くように眠る双子から発せられている『色』と同じものだった。
 『ささやかな幸せ』
 そんなものが有るとしたら、それはコレなのではないだろうか。
 『逃亡』以来、それを避けるように暮らしてきた祐一には、こういう光景を目にするたびに、妙にいたたまれない思いが生まれる。
「…なるほど、先輩たちの『話せない』不祥事、って奴ね。何か『お前が一人で罪を被った』って、滝川さん気にしてたぜ」
「…そんな事気にしてるのか、あの人」
 健は言いながら、普段の彼から見たことの無いような、苦々しい微笑を浮かべた。
「違うんだよ、アレは…。俺が我慢出来なかったんだ。何にも悪くない先輩が、ただ気に入らないってだけで、コーチから…」
「あーあーあーあー、ストップ。聞かねえ。『聞いて欲しい』なら聞くけど、流れで言ってるだけなら俺は聞かねぇ。そもそも俺にとっては『どうでもいい』。そこんとこ良く考えて次のセリフを言え、オーケー?」
「藤井っち…」
「だってそうだろ?金の問題が解決するわけじゃないんだし、俺は別に、『先輩たちが口止めされる程の』お前の事情に興味はない。言いたいなら聞くけど、知って俺に何が出来るわけでもない。それこそ、お前ん家に飯を食いに行く程度だ」
 金か。
 学資金の問題だと言うのなら、祐一がこっそり負担すれば済む話では有る。
 だが、それでは済まない話のほうが多い。
 特に、『空手に戻ってきて欲しい』と言う滝川たちとは、何時まで経ってもあのやりとりが続くのだろう。
 平田には平田の事情があるのでそこに口を出すいわれは祐一にはないが、口止めしているらしい『上』と先輩たちのやりとりも含めて、いずれどこかで決着をつけさせなければ、平田のためにはならない話だ。
 何か、根本的に別のアプローチが必要だろう。
「明日香にも遥にも、マーにも寂しい思いさせたり、家事やらせたり。…俺の所為で家族に余計な負担掛けといて、それで兄貴だもんな。…正直、情けないよ」
 結局、健が呟いたのは愚痴に留まった。