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アインシュタイン・ハイツ 302号室 藤井祐一

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視えざる恐怖



 ともあれ、そのようなことなど露程も理解していなかった当時の少年は、自らの筋力が制御出来ないことへの不安、理解し得ない言語を理解してしまう違和感、耳に入る音が色に視えたりする『異常な現実の連続』に対して恐怖を覚え、加えて、ネットなどで目にする日英での報道態度の違いなどから、数日後にはその後に続くであろうある出来事を想像したのである。

 つまり、『実験動物』だ。

 自らに起こっている出来事を素直に説明してしまえば、自分は間違いなく『実験動物』として誰かの研究材料になる。
 加えて、それは研究対象として、日本とイギリスの間で取り合いとなり、火種となるだろうだろうことは、容易に想像出来た。
 公開されていないだけの可能性も有るが、恐らく自分の症例は少なからず『研究対象として重要な存在』だ。同様の存在が公開されていないだけという可能性を考慮に入れても、それだけ希少な症例ということになる筈なので、それを研究したいという人間は後を絶たず、『少年の研究成果』もまた、取り合いになるだろう。
 或いは、そう判断出来たこともまた、『あの出来事』で手に入れてしまったらしい力の影響なのかもしれない。
 父が命をかけて働いている仕事の、火種になる。
 それは、父を慕っていた少年には看過出来ないことだった。
(いや。…手は、有る。手の内に)
 襲撃犯の中に、偶然顔を見ていた人間が一人がいることを、少年は思い出していた。
 それゆえに、少年が決断したのが『脅迫』と『逃亡』である。
 三十代の男、灰色がかった黒髪のストレートヘアで、ヒゲは偽装かもしれないが、骨格、顔立ちともに明確に思い出せる。
 彼は必ず自分を始末しに来る。
 少年はそれに乗じ『自らの有用性』をテロリスト本人にアピールし、『このまま自分を殺せばお前に先はない』と脅迫しようと決めた。
(準備をしなければ…)
 ここから脱出するための準備。
 あまり身体を詳細に調べられては、いつか誰かが必ず自分の異常性に気付く。
 退院になるまでそれを隠しおおせる自信はない。
 先ず必要なのは、手だ。
 少年はひたすら地味に、腕と指を動かし始めた。
 動かすことが、何よりこの『動きすぎる身体』の感覚を取り戻す手助けになる。
 本能的に、それを悟った。
(来てくれよ、テロリスト)
 自分の体がおかしいことに医師が気付くのが一体いつになるのか、少年には分からない。
 逆に、連日の検査の結果がどれを取っても『起き上がっていることが異常』である事を示していることだけは確かなようだ。
 このままではいずれ、自分の異常性は研究の対象として捉えられるだろう。
(早くこい。…出来れば、細工が出来てからだけど)
 自分が準備した細工と、両腕と両手のコントロールの回復と、テロリストの来訪。
 そのいずれかが間に合わなくても、自分は『研究対象』となる。
 少年はそれを避けるために万全の努力を繰り返し、その瞬間を待った。
 果たして、数日後、テロリストはやってきた。