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いつも弟がライバル

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いつも弟がライバル





土曜日の午後の表参道に、女性だけ乗車して停車している一卵性双生児の弟の車を見ると、吉兼一郎は駆け寄って声をかけた。
「結衣ちゃんだったね。デート中か。いいなぁ」
 真紅なスポーツカーの助手席で驚いている沢中結衣は、かなり細めの色白の娘で、どこか病的なものを抱えている風情に包まれていた。だが、慌てて車の外に出た彼女のその美しさは、表参道という場所でも非常に目立っている。
「学校からの帰りなんですけど」
 積極的な行動とは裏腹に、彼女の表情は、明らかにふてくされていた。
「どういうこと?次郎はどこに行ったんだよ」
「ほかの女子学生に声かけて消えた」
 結衣は俯いている。
「いつから」
「一時間前」
「バカ野郎。何考えてんだあいつ」
「お腹すいてるの。夕食に連れてってくださいよ」
「わかった。結衣ちゃんは運転免許あり?」
「あるけど、ペーパードライバーよ。ねえ、早く行こうよ」
 一郎が運転席に入り、結衣と共に移動を開始した。

 都心のシティホテルでの食事の二時間後、二人は海岸に来ていた。すっかり暮れた海岸の砂浜の上を、二人は手を繋いで歩いている。先程から結衣のバッグの中でスマホが何度もバイブレーションを繰り返していた。
 高校生だった頃のことを、一郎は先程から蘇らせていた。一郎も次郎も、陸上競技部員でライバルだった。インターハイの百メートル走では次郎が優勝し、準優勝が一郎だった。二百メートル走では一郎が優勝し、準優勝が次郎だった。しかし、その結果は弟が手加減し、兄に優勝を譲ったのだという噂が流れ、一郎を傷つけた。一郎はそのとき以来弟に対して負い目と共に憎悪を感じていた。いつか雪辱をしたかった。
 その好機が、期せずして今夜訪れようとしていた。結衣を自分のものにしよう。
「兄貴!やっぱりここだったのか」
 暗闇から急速にその声が接近して来た。全力疾走して来たのは、次郎だった。
「次郎さん!よくここがわかったね!」
 結衣の声は暗さの中でも笑顔を感じさせるものだった。
「悪いな。兄貴の車を借りて来たよ。麻衣ちゃんが車で待ってる」
 相川麻衣は一郎が半年前から片想いをしている女子学生だった。
「俺が彼女に兄貴と付き合ってくれるように、表参道のスタバで説得してあげたんだ。早く行ってあげろよな」
 一郎はまた、弟に借りができたと思った。だが、本命は結衣なのだった。彼はそのことを弟に匿していた。

                   了