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非凡工房

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シクラメン


「なぁ、タツ。エーコ(英子)から式の招待状、届いたよな?」
「んん? あ、そうだな」
 唐突なエーコの話題に、俺は素っとん狂な声を出してしまった、これじゃあ動揺しているみたいじゃないか。
「大学時代からずっと気になってたけど、お前ら本当に付き合ってなかったんだな」
「その話は何度もしただろうが」
 ジョッキに残ったビールを一気に飲み干す。焼き鳥をほおばりながら、俺は少し不機嫌そうな態度をとった。

 エーコは大学時代の友人だ。親友と言ってもいい。たまたま隣の席に座ったことがキッカケで意気投合し、サークル活動から研究室まで。何かと一緒に行動することが多かった。
「お前ら付き合ってんの?」
 友人や先輩、後輩に似た質問を繰り返しされたが――結局四年間、俺とエーコのちょうど良い関係が変わることはなかった。

「付き合ってなかったんなら、俺もアタックすればよかったなぁ。ほら、あいつって壁が無いっていうか親しみやすいっていうか。変な魅力があったじゃん」
「言いたいことは分かる」
「二人で旅行もしたんだろ?」
「課題の資料集めでな」
「宿泊ありで」
「部屋は別々だった」
「……お前ってED?」
「殺すぞ」

「サヨナラだね」
 卒業式当日、エーコは言った。
「まぁ飲み会とか、色々と会う機会はあるんじゃねーの」
「そうでもないよ、タッくん。学生と社会人は違うからさ。私は文字通り、世界を飛び回るつもりだし」
「……そっか」
 エーコはジャーナリスト志望だった。

「んで、タツも式は行くよな? 俺は行くぞ」
「まだ考え中だ」
「なんだよ、やっぱり後悔してるのか? 付き合ってれば~って」
「違う違う、そうじゃない。エーコが結婚するのが実感わかないっていうか。じゃあ、またな」
 逃げるように別れを告げ、白い息を吐き散らしながら俺は帰路を目指している。
 結婚を祝える自分と、祝えない自分。ちょうど良い関係を望んでいた自分と、より深い関係を望んでいた自分。
 冷たい風が左側を通り抜ける。
 身を縮めながら。欠席に丸を付けるだろう、英子の招待状が待つ場所へ。俺は歩みを進めるのだった。
作品名:非凡工房 作家名:氷室