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私の転落人生の始まりは警察学校からでした。

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4月1日。
 その日は曇りであった。これから踏み入る未知の世界を表すかのように薄暗く、湿っぽい。慎一郎はそんな空を一瞥し、自分の心を写したかのような色合いに思わずため息を吐いていた。

「はあああ寒い、、、。」

 4月とはいえ、ようやく日が昇ってきた午前6時の風は真冬並みに身に染みる。慎一郎はスーツの上に羽織ってきたジャンパーを抱きしめ、足早に駅へと向かった。
 吉崎慎一郎はこの春に地方の中堅私立大を卒業し、某県の警察に採用された。慎一郎にとっては社会正義を本心から志、自分の価値を警察という仕事の中から見出そうという、崇高な目的があって選んだ職だったが、慎一郎の友人に言わせれば、単に就職活動が面倒くさかったからだろう、という論評であった。
 慎一郎の学生時代はモラトリアムを絵仁書いたような典型的「今の若者」であったが、就職を機に、そんなダメな自分を変えたいという想いも少なからずあった。しかし、いざこうしてその時が来ると、モラトリアムの安らぎにまだ浸かっていたいという気持ちを振り切れていなかった。そんな自分にまた嫌気が差し、ますます気持ちが沈んでいく無限ループに陥りそうになっていたが、すんでのところでなんとか踏ん張りながら一歩一歩、目的地である警察学校に向かっていた。
 慎一郎の実家がある八王子から警察学校へは県を跨いでいる。故に、これからは気軽に実家に帰省が出来なくなってしまうという事実は、今の慎一郎が知るところではない。
 一度警察官となれば、自分の管轄である県からは簡単には出られない。公安職という特性上、管轄から離れるには上司の許可が必要になってくる。そしてその許可を得るには書類の作成と、上司のご機嫌を取らなければならない。多忙な警察官にとっては、業務以外での書類作成は避けたいし、長年警察組織に属している人間の上司は気難しく、許可を得るためのハードルはかなり高いのである。
 そんな事実とは別に、鬱々とした足取りで電車に乗り、警察学校へと向かう。電車さえ乗ってしまえば後は運ばれるだけである。

「(落ち着かないね、どうも、、、。)」

 普段の慎一郎なら音楽の一つでも聞きながら移動時間を潰すところであるが、警察学校では音楽プレイヤーを持ち込むことは出来ない。ならば、と小説を手にすることもまた出来ない。今の彼が手にするのは鞄と筆記用具そして携帯電話のみである。
 実は全ての娯楽が慎一郎の入った県警の警察学校では禁じられているのだ。ゆえに今の彼は手持ち無沙汰に携帯電話をいじっているのだ。この21世紀の現代において、二十歳そこそこの若者に全ての娯楽を禁じる職場はおそらく慎一郎の入った警察学校だけだろう。
 警察学校について説明しておこう。一人前の警察官となるにはノンキャリ警察官は必ず全寮制の職業訓練校に入らねばならない。大卒者で6ヶ月。高卒者で10ヶ月の期間で、各都道府県警に一校から三校ほど直轄の警察学校が存在する。運営するのは都道府県別であるから、学校の内部の規律は微妙に異なってくる。例えば、慎一郎の入った学校のように生活必需品以外の私物を全て持ち込み禁止にしている『時代錯誤的』学校もあれば、寮の生活スペースにおいては携帯電話の使用が部分的に許され、また情操教育の観点から積極的に読書をさせる『現代感』を持った警察学も存在する。残念ながら慎一郎は前者の学校であるが、後者の学校に入った者は、今までの生活と大きく環境が変わる状況において、心の拠り所を手にすることが出来る。この事情を別の県警に入った友人から聞かされていた慎一郎は、案外このことから気が沈んでいるのかも知れなかった。

 電車が目的地に近づいてきた。駅に停車する度にスーツに丸坊主という、非常に近寄りがたい出で立ちの若者が社内に多くなってくる。慎一郎もその仲間のはずなのだが、なぜか慎一郎自身が自らの同期の姿を見て内心怖がっていた。基本的に情けない男なのだ。
 さらに数駅を数え、いよいよ学校の最寄り駅に到着するという頃、電車の中はすっかりスーツ+坊主の集団で満たされていた。駅に着き、慎一郎はこれから同期になる集団と一緒になって電車を降り、そして駅を出た。
 駅前の広場には既に多くの仲間たちが集まっていた。皆、一様にこわばった顔をしている。おそらく多くの者が自分たちの織りなすその光景に不安を感じているのだろう。慎一郎はそう思い、自分だけが不安を抱えているのではないと自らを鼓舞し、手にする携帯電話からアプリを立ち上げ、最後のツイートをした。

「ちょっとこれから刑務所行ってくる、っと」

 ツイートがしっかりと送信されたことを確認した後、名残惜しい気持ちを噛み締めつつ携帯電話の電源を切った。警察学校に着いてしまえばその時点で携帯電話は没収されてしまう。そして暫くは返却されない。このツイートを最後に慎一郎は自らモラトリアムを強制終了したのである。さらば俗世。慎一郎は不安10割の心を持って警察学校の門をくぐった。

つづく?