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楡原ぱんた
楡原ぱんた
novelistID. 10858
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登山と挑戦と冒険と

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先生の家を訪れるのは初めてではない。
夕食を食べる時は何故だか先生の家なのだ。お呼ばれしたわけではないのだが、気がついたら招かれている。
決して、私が夢遊病とか白昼夢を見ているとか、ただの阿呆だからとかそういうわけではない。
純粋に話の流れでそうなってしまうのだ。あるいは、丸めこまれたとも言う。
もっと根本的なことを言えば、料理を作るのは私である。サラダうどんの時は、正確に言うと、うどんあるいは蕎麦の時は先生の担当である。それ以外は私である。
一人で飯を食べていると言えば「奇遇だな。僕も一人だ。そうだ。どうせならご飯を作ってくれ。場所は提供する。なあ、一石二鳥だろう?」と述べた。
私はしっかりと顔をゆがめて、その理屈は可笑しいと苦言しておいた。
 しかしながら、夕飯代は折半すると言うので喜んで、夕飯を作る次第だ。慾を言うなら、全部出してくれても構わなかったのだが。というのはあからさまに図々しいので、心にとめておいた。
それにしても、先生の私室に入るのは初めてである。
ここが重要だ。
彼の私室に入るのは初めてである。思わず二度言ってしまうぐらいに。
その前に私室の前に家の説明をすると、先生の住む家はマンションだ。十階建ての五階、前から見て右側の角部屋である。扉の横に観葉植物か置いてある。種類はサンセべリアというものらしい。内部に入ってしまうと今度は見事に何もない。必要最低限の物はあるのだが、それ以外に無い。雑貨や置物はない。入る前はサンセベリアがあるというのにも関わらず、内部には観葉植物のかの字もない。あるのは、家電製品一色――炊飯器と冷蔵庫に電子レンジ、備え付けのエアコン、テレビと音楽再生機器。見ていないので何とも言えないがたぶん洗濯機もあるだろう――だった。これだけあれば、一人暮らしに充分だと思うが、その中のいくつかは使用した形跡がない。コンセントから外れているのだ。最初からなのか、出掛けるたびに節電と称して抜いているのかは不明である。
 ただ、埃は溜まっていないように見えるので、掃除はしているのだとは思う。
殺風景だというのが印象だった。机や椅子もない。床の上にテレビがポツンと部屋の真ん中に置いてある。本当に、何も考えずに置いたように置いてあった。コンセントがまるで届いていない。引っ越したてのままみたいだ。
それが今までずっとそのままだった。私は指摘しないし、先生にとってはそれも意味があるのかもしれない。
出会った時から互いに喧しく口出しすることもしない関係だったのだから、今更、それを口出しするのも野暮のように感じる。というわけで、放置する。
かわりに音楽再生機器は、コンセントの隣に鎮座している。たまに会話の中でもクラシックの題目があげられることから察するに、あちらは使っているのだろう。事実、コンセントにプラグが差し込まれたままである。
コンセントにプラグが差し込まれている物はそのほかに冷蔵庫と備え付けのエアコンのみである。
他の人たちが見たら色々言うだろうが、私の感想としては「浮世離れしている」だった。
しかしながら台所はまた違うのだ。無駄に皿がある。一人で使用するには多い。だけれども、白米用の茶碗はない。他には無地のマグカップがあり、インスタントコーヒーの瓶とその空瓶が交互に列をなしている。調理器具は場違いな赤い薬缶と市販の何処にでもあるような鍋とフライパン。冷蔵庫の中身は私がそろえることもあるので省略。実にここは生活感があった。
と、まあ全貌はこの辺にして、私室だ。
ベッドが窓側に置いてある。反対側には大きな本棚があり、その中には隙間がないぐらいびっしりと詰まった書物。蔵書といっても良いかもしれない。スライド出来て、その後ろもびっしりと詰まっていた。
それ以外は新聞紙塗れ。以上である。意表を突かれた。

「せ、んせい」

 あまりにも違いすぎるので、声が上ずってしまった。

「ん? どうした」

 先生はひょっこり、私室の外から顔を出す。その仕草は幼い子のようだった。可愛くは、ない。言い聞かせる。

「何ですか、これ。いやこの惨状?」
「惨劇はまだ起きてないぞ。ただ新聞が置いてあるだけだ」
「まだ、とか言わないでください。ええっと、踏んでも良いんでしょうかね。足の踏み場もないんですけれど」
「好きに動き回ってかまわない。ところで、何の変哲もない焼うどんで良いのかな」
「それは、かまいません。じゃあ好きにさせていただきます」
「どうぞ」

 許可を貰ったので、遠慮なく踏む。シャリと音がする上に、これが滑る。……私はそそっかしいので、踏んでから後悔した。派手に転んでは無いが、初めから滑っている。まずい。非常にまずい。
 大人しく、せめて畳んで足の踏み場を作ることにした。好きに動いて良いと言っているのだし、片付けたって悪くは無いだろう。
 踏んだ足を元に戻して、座り込む。散らばっていると言っても、日付を見る限りバラバラというわけではない。一部ずつ重なっているのだが、それが無秩序に、例えるなら読んですぐポイ捨てしたような感じだろう。ベッドの上で読んで、そのまま放り捨てる。容易く想像できた。
 新聞は、日付が古い順から重ねていった。こういうものは順番通りに並べたくなるものだ。
重ねているときに、数枚に一枚はたまに赤いペンで丸をつけられた記事を見つけたが、何を意味するのか全く分からない。言えることは経済やスポーツ記事ではなかったことぐらいだ。
気になったが、その前に転ばないようにすることの方が重要だったので、気にしないことにした。だって先生の考えていることは常にわからないのだから。

「見事に片付けているんだな」

 集中して片付けてしまっていたようで、後ろから声を掛けられて吃驚した。
 持っていた新聞を思わず放してしまい、また元のように散ばせてしまった。あーあ。手を伸ばすとベッドの下の本に気がついた。
 先生は気付いていないようで、淡々と続ける。

「焼うどんがもうすぐ出来るから、本はあとで良いな」
「あ、そうですね。食べてから探します」

 あれは、アレなのか。アレだろうか。いや、そもそも先生は男なのだから、そういうものがあってもおかしくはない。
 だがテレビは使用された形跡は無い上に、ビデオデッキも無い。DVDではないようだった。
明らかな書物だ。アレな本だろうか? ベッドの下は暗がりで良く見えなかった。
 それにしても定番中の定番に置いておくだろうか? いくら先生でも流石に置かないような気もする。横には大きな本棚があるのだから、隠すのならばその裏でも良いだろう。
 この好奇心を解き放って良い物だろうか?
 しかしながら、直接聞くのはちょっと憚られる。かといって好き勝手にしていいというからって、個人的な空間を荒らし、荒らされるのは快くないだろう。私だってされたら嫌だ。ううむ。

「何を考えているんだ」

 焼うどんの乗った皿を持った先生が、怪訝そうに見ている。
 私はまだ私室にいて、座ったままの体制だった。慌てて移動して、自分の分を受け取る。
 ここは、素直に聞いてみるか。やはり勝手に弄られては先生だって嫌だろう。アレと断定しているが、アレじゃない可能性だってある。
作品名:登山と挑戦と冒険と 作家名:楡原ぱんた