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リンドウノミチヤ
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KYRIE Ⅲ  ~儚く美しい聖なる時代~

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第3章 降臨~Ingrid4~




 公爵夫人の縛は解かれていたがそれは彼女にとって何の慰めにもならなかった。

 時間は刻々と過ぎて行き、夫人は今は亡き曽祖父に出会っってからの日々を顧みずにはいられなかった。
 父方の先祖達が幼少期を過ごしたという古い館で死に行く老人に出会った時、彼女は自分がその系譜を引き継ぐ素質を充分に備えている事を自覚した。既に母の郷里と記憶には何の未練もなかった。自分があの国に帰る事は二度とないだろう。そして己に巡ってきた役割については万難を排して成し遂げると決めた。それがどれほど孤独を伴うか計り知れないものだとしても。しかし公爵の死後、彼女は異端者である自らの立場を幾度となく味わい、そして夫が生前どれだけ手をつくして妻を庇っていたかも知る事となった。所詮、自分は後ろ盾を無くした根無し草も同じという事か。全く、あの気儘に自分は人生を謳歌している父親の背負う筈だった業をこちらが全て引き受けてやったというのに、報われない事甚だしい。

 彼女は薄闇の中、己が囚われている部屋を見渡した。天井に近い位置に小動物しか通れそうに窓が一つ。おそらく数百年前は虜囚用の小部屋だったのだろう。
 しかしもう猶予はなかった。誘拐犯達の目的が身代金若しくは政治的要求なら自分の役割は忍耐強く待つ事だろうが、今ここで時間を費やすことは破滅へ一歩づつ近づく事に他ならない。犯人達にとっては想定の外だったろうが、公爵夫人は彼等の使う言語を聞き取る事が出来た為、そのおぞましい内容についても充分に把握していた。
 

 夫人は先程目隠しを取られる直前に見た数秒間を注意深く思い出した。一人、とても若く未だ少年と言ってもいい男がいた。充分な訓練を受けないまま送り込まれて来たようで、彼等の中で一番ないがしろしされ雑事を押し付けられていた。

(僅かな可能性に賭けるとしたらあの若者か)

 彼女はストッキングを脱いだ。床に寝転がり、石壁を拳で叩き続けた。大きくもなく、しかし見張りの耳に障る程に連続して。

 扉が開き、未だ幼なさの残る顔が部屋を覗き込んだ。彼は小首をかしげ中の様子を確認する。薄暗い小部屋は夫人の寝転がっている床を見えにくくしている。彼女はか細い声をたてて青年を呼んだ。それは何百年もに渡って亡霊達が彷徨う石壁の隙間を縫って木霊の如く響き渡り、青年は一瞬我を忘れて部屋に一歩踏み込んだ。
 直後、石の床の暗闇から白い足が伸びた。青年が我に返る間も無く公爵夫人は速やかに彼の鳩尾に蹴りを喰らわせていた。彼等は暗闇の中一瞬取っ組み合う形となったが闇に視界の慣れた夫人がやや有利となった。彼女は青年の体を床に押し付け型通り身動き出来ない形にすると、彼が大声を出す前にストッキングでその細い首を絞めあげた。青年は僅かに痙攣し動かなくなった。死んだのか意識を失ったのか確認する暇もなく夫人は暗闇の中、青年のジャケットを探り小型銃らしき物体を掴むと立ち上がる。
その途端彼女は足首を掴まれ床に引きずり倒された。

 無表情に起き上がり夫人を見やった青年の顔は紛れもなく解体者の顔だった。彼は難なく夫人の手の中の銃を奪い取り彼女の顔をしたたか打った、そして薄笑いを浮かべながら夫人に更に近づいた。