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溶けるまでが氷

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「大丈夫よ。抱いてなんて言い出さないから」
俺の目の前の彼女は、そう言って、風に揺れた髪を押さえた。
抱けないの? 俺の気持ちまで風が、さらっていきそうだ。


行きつけのスナックで何度か見かけた彼女は、いつもカシスオレンジのカクテルを頼むのだが、氷が溶けると、マスターに氷だけ追加を求める。
きっと、飲み終わる頃は、ほとんど水ではないかと思うほど、色さえ淡くなっている。
そんな彼女のことを マスターに尋ねたことがある。

「いつも此処に座る女(ひと)、一杯しか飲んでいかないようだね」
「ああ」
「マスターの知り合い? あれじゃあ、儲からないでしょ」
マスターは、口元を緩め、グラスのくもりを確かめながら磨いているだけだった。
「あれ? マスターの反応がないね。あ、おかわり」
マスターは、手元のグラスを置くと、俺のグラスにおかわりを作り始めた。
カウンターのコースターにグラスを静かに置くと、マスターと目が合った。
いや、もの言いたげに視線を合わせてきたのかもしれない。
「ろはさん、気になるの?」

何故かマスターは、俺のことを『ろはさん』と呼ぶ。当時、ハワイからの帰り道に立ち寄ったこの店で、酔って調子づいて「アロハー」と連呼して迷惑をかけたことか、その時に着ていたド派手なアロハシャツの所為か。その後に常連客に聞いた話では、マスターのお気に入りの漫画に出てくる漫画家、露伴(ろはん)の気ままに自分を貫いている性格や、見た目のキャラが似ているとかで 何となくそう呼ぶようになったらしいとか、どうであれ、俺のことを気に入ってくれていることは、嬉しい。
俺も親しみを持って、飲ませてくれるこの店とマスターのおかげで、今じゃ 古い常連客の一人になってきている。此処での出会いで、二、三度恋もした。いやもっとだったかもしれない。気ままな独身男が、洒落た話術で口説き落とせば、どちらも悪い気はしないだろう。そんな身勝手な素行も、此処では咎める者がいないのもいい。
作品名:溶けるまでが氷 作家名:甜茶