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珈琲日和 その17

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 嫌悪感も露に必死になって言ってくる彼女のそこまでの言葉を聞いて、どうしてそんなに攻撃してくるのかと怪訝に思っていた僕はふと思いつきました。
「・・・ねぇ君、もしかして、怖いのが苦手なんだろう」
 僕が聞くと、彼女は一瞬言おうかどうしようか迷っているような表情をしましたが、すぐにそうよと認めました。どうやら、子どもの頃にはそれどころではなかったものの、本来の彼女はもの凄い怖がりやだったらしいのです。彼女の母親が生きていた頃には、よく昼間でもトイレにすら一緒について来てもらうくらいだったようなのです。
「うちのトイレは薄暗くて昼間でも怖かった。おまけにシミだらけで。そのシミを見ていると何かの顔に見えたりしてね」
 へぇ、案外女の子らしい所があるんだなと僕も少し意外さを感じたのと同時くらいに、彼女がセットしておいたオーブンが鳴った為、その話はそこでお終いになったのです。問題は食事が終わった後でした。彼女が急に泊まると言い出したのです。
「僕はいいけど、君、明日仕事なんじゃないか?」
「いいの!そんなの関係ないわ泊まっていきたいの」と、いつになく強気に主張する彼女の様子がおかしいとも思いつつ僕は了承したのです。まぁ、彼女が泊まるのは別段珍しい事でもなかったので。
「じゃあ、君先に風呂に入っちゃえよ」
「どうして? たまには一緒に入ってくれてもいいじゃない」
「だって、一緒に入るったって僕のアパートの風呂じゃ狭過ぎるだろう? 見た事ないの?」
「あるけど。じゃあ、湯船には代わりばんこに入るのはどう?」
「・・・なんで? そこまでして一緒に入りたいの?」
「うんそう」いつになく可愛らしく甘えてくる彼女を、可愛いと思う反面不審に思いました。
「でも、僕は狭いし嫌なんだけど」
「だったら銭湯に行きましょうよ」
「嫌だよ。どうしてそこまでしなきゃいけないの? うちの風呂が壊れている訳じゃあるまいし。交替で入れば済む話じゃないか。それが嫌なら自分の家への帰り道の途中にでも寄ればいいよ」
 僕は本の続きが読みたくて正直彼女が泊まろうと泊まらないだろうとどうでも良かったのです。
「なによその言い草。あなたは私に泊まって欲しくないのね?」
「そんな事言ってないだろう。君が風呂如きでグズグズ言うからだよ」
「わかったわ。もう1人で入るから結構よっ!」
 彼女は不貞腐れたように頬を膨らませて脱衣所に飛び込んで行きました。やれやれ。騒がしい。ほっと一息ついてようやく続きをと本を広げた途端、風呂場から彼女が呼ぶ声がしてきました。言ってみると、なんと脱衣所も洗面所も果てはトイレまで電気が煌々と付けっぱなしになっており、半分以上開いた風呂場からは彼女が膝を抱えながら湯船の端っこに肩まで浸かって不安げにこちらを見つめていたのです。まるで小さい子どもみたいに。
「ねぇ、一体どうしたの? いつもの君らしくないじゃないか」
 僕がそう言うと、そんな事ないわと又しても怒ったようにぶっきらぼうに彼女は言って僕に背を向けたのです。やれやれ。なんだってんだ、まったく。僕は風呂場の扉を閉めると、彼方此方に付けっぱの電気を消してからリビングに戻り、再び本を手に取りました。どこまでだったかな・・・と、又しても彼女がねぇねぇと呼んでいるじゃありませんか。
「なに? 今度はどうしたの?」
 と、歩いていくと驚いた事にさっき消した筈の彼方此方の灯りが又しても点いているのです。床は濡れていました。彼女がやった事は明白です。けれど、知らない人が見たら、軽く怪奇現象と見えなくもないなとふと面白くなりました。
「ねぇ、なんかこのお風呂場暗くない? 電球取り替えたのいつなの?」
 さっきと全く同じ格好をして湯船に沈みながら若干顔が紅潮して濡れた髪の毛が顔の彼方此方にくっついた打ち上げられた人魚のような感じの彼女は又しても怖々と若干弱々しい声で言ってきました。
「昨日だよ」憮然と僕は答えました。
「ふーん。それにしては暗いわね。もっとワット数大きいのにしたら?」
「このくらいが丁度いいじゃないか。あまり明る過ぎると暑いんだ。これからの季節」
「でも暗いわ。陰気過ぎる」
「そうかな? まぁ気をつけるよ。じゃあ僕は向こうに行ってるから」
「待って!あの、ちょっと、背中、流してくれない?」
「え? いいけど。普通逆だろ。それに、僕はまだ服のままだから濡れるよ」
「いいじゃない。たまには。私だって流してもらいたい時だってあるの。それに、あなたが一緒に入るのを嫌がったんでしょ。自業自得よ」
「はいはい」なにを言っても揚げ足をと取られそうだったので、僕は逆らわずに彼女の背中を洗ってやりました。おかしなのは僕が彼女の背中を流しているその間に、彼女が一緒にだいぶ長くなった髪を一生懸命洗っていた事でした。なんで?
「ありがとう。すごく気持ち良かったわ。あなた上手なのね」
 髪を洗い終えた彼女が逆上せたように赤い顔で笑いかけました。彼女の笑顔が大好きな僕はそれにつられていいよ、又やってあげるからなんて調子いい事を言って、ちょっといい気分になってようやくリビングに戻ってきました。勿論無駄な灯りは消してから。どれどれと本を手にしてソファーに腰掛けて何ページか捲って少しすると又しても彼女が呼んでいるのです。なんだよ全く集中出来ないじゃないかと些か憤慨したように彼女のところに行くと、又しても消した筈の電気が煌々と点いていて、彼女がバスタオル一枚のなんとも非れもない格好をして挙動不審にキョドキョドしながら、頭を拭いて欲しいと懇願してくるのです。さすがの僕もとうとう怒りました。
「ねぇ、君が怖いのは雨だけじゃなかったのか? もう子どもじゃあるまいし、怖がりもいい加減にしてくれよ」
 半分はったりで言ったつもりだったのですが、図星だったらしく彼女はまるで年端もいかない少女のように悲しそうにただ僕を見つめてごめんなさいと呟くように言ったのです。今にも泣き出しそうな感じに。
「私駄目なの。一度きっかけがあると次々数珠繋ぎに思い出してきて、なにもないところでさえ怖くて仕方なくなってしまうの。こんな傷つけられたお陰でもう治ったと思っていたのに全然駄目。今日、あなたが読んでいた本を見たのがいけなかったみたいで。今もすごく怖いの。こうして背中を向けている背後でさえなんか怖くて」
「怖いって・・・こんなに無駄に明るい電気がたくさんついていて僕がいる僕の部屋で、一体何を怖がるっていうの?」
 困ったように僕が聞き返すと、彼女は怯えたように風呂場の窓辺を指差しました。
「ほら。例えばあのガーコ」
「あのガーコって。あれは君が持って来て使っているシャンプーボトルじゃないか」
 彼女がガーコの形をしたボトルを持ってきて置くようになってからかなり経っている。あのガーコは、彼女は使うばかりでちっとも綺麗にしないから、黴びて汚くなってきたのでこの間僕がガーコのお腹を丁寧に擦って掃除だってしたんだ。
「だって、あのガーコ、さっきは違う方を向いてたのよ。今はこっちを見据えている」
「そりゃ、だって君がシャンプーする時に使ったからだろ」
作品名:珈琲日和 その17 作家名:ぬゑ