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せき あゆみ
せき あゆみ
novelistID. 105
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ずるいよ。センセイ

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「あ、あおいちゃん」
 その声に振り返ると、昔と変わらない笑顔が車の窓からのぞいていた。
「あ、ゆきちゃん、久しぶり」
 中学校の同級生だ。クラスが違ったので特別仲がよかったわけではないけれど、それでも親しく話していた方だった。
「あおいちゃん、この前の同窓会こなかったでしょ?」
 半年前に同窓会があったが、わたしは出席しなかった。三年生の時のクラスがあまり好きではなかったという理由で。
「あおいちゃんはもう知ってる? だれかから聞いてるかしら?」
 ゆきちゃんはちょっと声を潜めて言った。
「魚住先生、なくなったのよ。同窓会のすぐあとで」
「え?」
「ガンだったって。同窓会のとき、楽しかったって喜んでたの。みんなの顔を見てほっとしたみたいでね……」
 魚住先生は二年の時の担任だった。わたしとはウマがあって、よく冗談を言ったりしたものだった。
「でもね、魚住先生、あおいちゃんがいないって、すごく寂しがってたのよ」
 三年のクラスメイトとは誰一人として連絡しあっていない。他のクラスの子と仲がよかったから。そして、同窓会にはわたしの仲がよかった友だちは誰も参加していなかった。
「わたし、二次会でセンセイととなりどうしになって、いろんな話をしたの」
 そういえば、ゆきちゃんは三年のとき魚住先生のクラスだったっけ。
「そう」
 センセイの笑顔が浮かんだ。
「でね。センセイったらあおいちゃんの話ばかりしたのよ」
「ええ? どうして」
「だって、あおいちゃん、センセイの一番のお気に入りだったじゃない」
「そう? でも、あのセンセイってみんなとわいわいするのが好きだったじゃない」
「なにいってるの。その中でも特にあおいちゃんにやさしかったじゃないの。クラスが違っててもそのくらい感じてたわよ」
 魚住先生は、強面でかすれた声でちょっと見には怖かった。でも冗談が好きで、ユーモアたっぷりの歴史の授業はわかりやすかったっけ。
「センセイね。言ったのよ。酔っぱらった勢いだったけど……あおいちゃんを嫁にしたかったって」
 わたしはゆきちゃんの顔を見つめたまま、言葉に詰まって何も言えなかった。
「その時だれにも言わないでって言われたの。でも、あおいちゃんには伝えたかったんだ。わたし。ここで会えてよかった」
 ゆきちゃんはそう言うと、走り去っていった。

 センセイ……。
 うぬぼれじゃなければ、あの頃センセイがわたしのことを誰よりもかわいがってくれているってことはわかっていた。
 でも、わたしにとっては十四歳も年が離れた先生は「お兄さん」でしかなかった。
 だから、センセイがわたしにもしプロポーズしたとしても……。
 ううん。そんなこと、当然わかっていたよね。
 
 わすれられないセンセイの一言がある。
「あおいも高校を卒業したら脱げよ」
 放課後、いつものように友だちも交えていろんな話をしていたあとで、なぜかわたしとセンセイの二人だけになった。
 その時、最初に赴任した学校での教え子が女優になって、脱ぐシーンがあるっていう話をしたあとで、センセイが言ったことばだった。
「やだ。先生ったらエッチ」
 わたしはふくれっ面をして怒ったふりをしたけど、内心どきどきしていた。
 もちろん冗談だとは思った。けれど、純情な十四歳には十分すぎるほど刺激の強い台詞だった。

 今だったらセクハラで訴えちゃうよ。センセイ。
 だけど……。
 もしかしたら、あれがセンセイの愛の告白だったのかもしれない。

 あれからもう数十年。
 高校を卒業する頃、進路が決まったかというはがきをもらったけど、返事もしないままだった。
 友だちから電話で「センセイがね、あおいもたまには電話くらいよこせっていってたよ」
と、いわれたりもした。
 なのに、わたしは「便りのないのは元気な証拠」とばかり、なにも連絡しなかった。
 結婚したことも子供が生まれたことも……。

 センセイは独身のまま死んでしまった。
 
 ずるいよ。センセイ。
 センセイは自分の気持ちをはき出して満足かもしれないけど。
 わたしは返事のしようがないじゃないの。

 いつか、思い出を肴にして、お酒を酌み交わしたかったのに。
 いつまでも「いい兄貴」でいてほしかったのに。