小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

風のごとく駆け抜けて

INDEX|72ページ/283ページ|

次のページ前のページ
 

ナイター陸上が終わり、私達は由香里さんの旦那さんが経営する料理屋で、遅い晩御飯を食べる。

「なにか食べたい物があったら遠慮なく言ってね。料金は全部綾子に請求するから」

屈託のない笑顔で、由香里さんが言う。
冗談で言っているのか、本気で言っているのかが分からず、私達は苦笑いしか出来ない。

「それにしても、旦那さんが料理人って素敵ですね」
「だよな。特に由香里は料理出来ないもんな」
勝ち誇ったような笑顔で、永野先生が由香里さんを見る。

「え? なんだかすごく意外です。いえ、綾子先生が料理を出来ると知った時に比べれば、驚きは少ないですが」
「こら、大和。冗談でもそれはないだろ」
「え? 別に冗談じゃないですよ。合宿の時、うちビックリしましたもん」

私の存在っていったい……。と永野先生は本気で落ち込んでいた。

それを見てみんなで笑いながら、また雑談に花が咲く。

しばらく喋った後、永野先生がため息をつく。

「さて、そろそろ肝心な話をしようか」
その一言が何を意味するのか私達は分からず、部員同士で顔を見合わせる。

「駅伝メンバーの発表だよ」
言われ、私達はハッとなり姿勢を正す。

高校駅伝は1区6キロ、2区40975キロ、3区3キロ、4区3キロ、5区5キロの5区間だ。

駅伝メンバーの発表と言われるが、正式に言うと走れる部員は5人ギリギリしかいないので、メンバーは決まっている。

問題は誰がどこを走るかと言うことだ。

「まぁ、もったいぶっても仕方ないから、まとめて言うぞ」

その一言が私達に緊張を走らせる。
それを知ってか知らずか、永野先生はすらすらとメンバーを発表する。

「1区澤野。2区大和。3区北原。4区藤木。5区湯川。以上。当然ながら異論、反論は認めないからな」

私は高校選手権の会話からして、1区になるだろうと想像していた。
ただ、他のメンバーがどうなるかと言うのは、さすがに分からなかった。

2、5区が葵先輩と麻子で、3、4区が久美子先輩と紗耶だろうと言うのは予想がついていたが。

「あたしがアンカー? いや、あたし高校に入って走り始めたんだけど」
「大丈夫。麻子の強さは誰もが認めているわ。てか、うちが2区か。順位を落とさないようにしないと」

麻子と葵先輩はとても興奮気味だった。
反対に久美子先輩と紗耶は落ち着いている。

2人とも自分がその区間を走るのが分かっていたかのような感じだ。

もしかしたら、高校選手権が3000mだった時点でなにか思うことがあったのかもしれない。

「それと、今日の記録会を踏まえての話だが」
永野先生が声のトーンを少し落として喋り始めると、葵先輩と麻子は喋るのをやめ、永野先生の方を見る。

「ひいき目無く冷静に分析して、城華大付属とうちの差は6対4ってところだな」
晴美がそれを聞いて少し悲しそうな顔をする。
マネージャーとして外から私達の走る姿を見ている分、私達選手とは別の思いもあるのだろう。

「正直、エースにそこまでの差は無いと思う。そうだろ澤野?」
話をふられるが、どう反応していいのか困ってしまった。
いや、エースに差は無いって、それは私と宮本さんのことを言っているのは分かるのだが、ここで「はい」と言えるほど経験が無いのが実際のところだ。

そもそも私は宮本さんと走ったことが無い。

「意外と慎重なんだな、澤野は。走りは結構積極的なんだが。まぁ、いいや。うちと城華大の大きな差はまずひとつに層の厚さ。それと伝統と言う名の経験。あとは根本的に選手各個人の能力差だな。ただ、能力差だけを見れば、決して最初からあきらめる程の差ではないと私は思ってる」

その言葉にみんなが顔を見合わせる。

「まぁ、お前らの考えてることは何となくわかる。城華大付属を遥か彼方上の存在だと思っているだろう。そんな相手に、あきらめる程の差では無いと言われても……と言った感じだな。佐々木、今日の桂水の平均タイムいくらだ?」

「えっと。9分39秒です」
晴美が言われてすぐに答えたことに私はビックリした。
いつの間そんな計算をしていたのだろうか。

マネージャーとして晴美は随分と頼りになる存在となっている。

「ちなみに今年の城華大付属の平均が9分33秒だ。1人当たり6秒差。正直、スタートする前からあきらめる程の大差では無いと思う。肝心なのは、この差をひっくり返せるくらいに強い気持ちを、全員が持てるかどうかだな。相手よりも強く都大路に行きたいと思えるか。そもそも私は最初から城華大付属を倒して都大路に行くための練習と指導しかしてないからな」

永野先生の一言は私達に大きな自信を与えてくれる。
そうだ、私達を見て来てくれたのは誰でもない、永野先生だ。

「あなた達、分かりやすいわね。急に自信に満ちた顔に変わってるし。さて、話もひと段落したし、デザート持って来るわね」
由香里さんがそう言って席を立つ。
なんだか、心の中を見透かされて、すごく恥ずかしかった。

永野先生の方を見ると、少しだけ笑っていた。
それがどう言う意味なのかは分からなかったが、悪い意味ではないのは分かる。

「あ、それともうひとつ。本番はでは絶対に後手に回らないこと。常に我々は挑戦者だ。積極的に勝負して行こう。そしてこれは、これから駅伝までの練習にも言えるからな。積極的な走りをどんどんして行くように」

私達は声を揃えて「はい」と返事をする。
その後、由香里さんが運んできてくれたデザートを美味しく頂いた。

記録会も終わり、桂水高校女子駅伝部の実力もしっかり把握でき、永野先生の指導の下、後は駅伝に向かって一丸となり進んで行くだけのはずだった。

しかし、物事はそう簡単に運ばなかった。