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風のごとく駆け抜けて

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確かに、普通に考えればおかしなことだ。

マイナーなスポーツでもない陸上部が桂水高校みたいに大きな学校に存在しないなんて。

つまり、正確に言うと、今でも陸上部は存在しているが無期限活動停止状態になっていると言うことか。

「最初は色々頑張ったんだけどね。なかなかその処分解除も出来ないみたいで。気が付いたらあっという間に6月になってたわ。その時に助け船を出してくれたのが綾子先生だったのよ、でも最初意味が分からなかったけどね」
葵先輩がそう言ってほほ笑む。

「それは葵だけ。葵は走ることが大好きだけど、競技として考えてない」
珍しく久美子先輩がツッコミを入れる。

「仕方ないでしょ。そもそも走り出した理由が美味し御飯をいっぱい食べるためなんだし。でも今は競技としても捉えてます。これでも部長ですし。みんなで都大路に行こうって決めたもの」

「その都大路を知らなかった」
「あれは綾子先生が悪いんでしょ」
「それは完全に言い訳」
葵先輩が久美子先輩に言い負けると言う、めったにない光景が起きていた。

「話を戻すとね。陸上部復活について職員室で色々な先生と話をしていたから、うちと久美子すっかり有名人になってたのよね」
「自分はいつも黙ってた。喋るのは葵だけ」
久美子先輩のツッコミに晴美が思わず笑いだす。

「でね。ある時、生物・化学準備室に呼ばれたよ。ほら管理棟2階の一番奥にある教室」
言われてみれば、そんな教室があった気もする。
生物室には授業で行くことはあっても準備室には用事がないので、すぐにはピンと来なかった。

「そこで綾子先生に唐突に言われたの。『私も冬に京都に行きたいから、お前らの力になれると思う』ってね」

「でも葵、『別に京都は行きたくないです。中学生の時に修学旅行で行きましたから。それに冬は寒いじゃないですか。行くなら春か秋じゃないんです?』って真顔で言ってた」
久美子先輩が葵先輩の口癖をまねながらちょっとだけ笑う。
なるほど。葵先輩はそれが都大路と言うことに気が付かなかったのか。

でも永野先生も永野先生だ。素直に都大路って言えば良いのに。

「うちがそう言ったら綾子先生、涙目になってね。『お前達陸上部復活させたいんだろ? 高校生が長距離を走るって言ったら、夢は都大路だろ。駅伝だよ駅伝』って必死に訴えて来てさ」

「まぁ……。あまり人のこと笑えないな」
麻子はちょっとだけ苦笑いをしていた。
そう言えば駅伝部が正式に発足した時、私に「都大路って何?」と聞いて来たっけ。

葵先輩の話をまとめると、永野先生が知る限り、陸上部で事件があったのは男子の短距離だったらしい。

永野先生も詳しくは分からないが、当時も長距離・投擲は活動しても良いのではと言う意見も出ていたそうだ。

結局の所、今現在でも陸上部が活動してないことを考えるとその意見は通らなかったようだが。

それに、葵先輩達が何度も職員室を訪れたことによって、女子の長距離だけ部分的に活動させてはと言う意見も職員室内では少なからず出始めていたと聞く。

「だから半年だけ待ってくれって綾子先生に言われたの。でね、それまでは綾子先生が人数調整のためにあてがわれた、生物研究会に所属してくれって言われてね」

うん? どう言うことだ。さすがに話が見えてこない。

「つまりね。うちの学校、部活が多いでしょ。教師も絶対に何かの顧問にならないといけないんだって。ちょうどその時綾子先生が受け持っていたのが、部員0の生物研究会だったらしいの」

「部員0でも急に入部者が出るかもしれないから顧問も常にいるらしい。まさにお役所仕事」
久美子先輩がため息をつく。

「でも、そのおかげで助かったのも事実だけどね。つまり、うち達は7月から生物研究会所属。研究テーマはランニングトレーニングにおける疲労の蓄積について。まぁ、ぶっちゃけ名前だけで、普通に走るだけなんだけどね」

「そんなのありなんですか。書類上は研究でも、事実上、普通に陸上のトレーニングですよね」
みんなの気持ちを麻子が熱弁してくれる。

「もちろんダメだった」
久美子先輩が苦笑いする。

「一応、研究テーマ的に走ることは認められたのよ。でも試合はさすがに無理だったわ。一度綾子先生が上手くやろうとしたら、校長にこっぴどく怒られたらしくてね。それで、体力維持のために練習はするけど、試合には参加できない日々が2月まで続いたのよ。まぁ、その間に随分と走力があがったけどね。元々うちは美味しい御飯を食べるために走ってるだけだったけど、綾子先生に教わってから3000mも10分切れるようになったのよ。その後、綾子先生がどう暗躍したかは分からないけど、2月から女子駅伝部が仮状態で発足。3月には高体連登録も出来て、試合にも参加できるようになったの。あとは1年生が知っているとおりよ」

葵先輩の説明を聞き終わり、1年生全員がため息をつく。

誰もが、そんな経緯があったと言うことを知らなかったといた表情だ。
本当に色々な偶然が重なりこの部が出来たようだ。 
       
でも、そんな偶然に私は感謝している。
だって今がこんなにも楽しいのだから。

ちなみに、その後に行われた800m準決勝だが、予選ですべて出し切ったと言う自己申告通り、久美子先輩は予選の走りがウソのように準決勝では2分40秒で組最下位。当然、決勝進出はならなかった。

まぁ、永野先生もその辺りは分かっているらしく、何も言わなかった。

こうして、桂水高校駅伝部の初レースは無事に終わった。

「十分に駅伝で戦えるだけの力が、この部にはあると言うことが確認できた。これからその力をもっと強くして駅伝に備えよう」
と言う永野先生の言葉に、誰もが力強く返事をする。