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風のごとく駆け抜けて

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そんな壮行式の次の日。

私は永野先生に付き添われ、日本選手権へと出発する。
今年の日本選手権は国立競技場で行われる。
家族で遊びに行って以来、4年ぶりの東京だ。

早朝に永野先生が車で私の家まで迎えに来てくれ、そのまま空港へと向かう。
最寄りの空港まで永野先生の車で1時間半の距離だ。

空港での手続きを終え飛行機に乗り込むまで、永野先生にしては珍しく、事務的な会話以外いっさい喋らなかった。

もしかして機嫌でも悪いのだろうか。
最初のうちはそう考えていたが、そうでは無いことに気付く。

「あの? 永野先生もしかして飛行機初めてです?」
飛行機に乗り込み、座席に座って出発を待っている時に私が尋ねると、どうやら図星だったらしく永野先生は困ったような顔になる。

ちなみに窓側が先生で通路側に私が座っている。
飛行機が小さいため、座席は通路を挟んで2列ずつしか設置されていなかった。

なるほど。だから喋らなかったのか。
そう言えば私も生まれて初めて飛行機に乗った時は随分と緊張したものだ。

「なんか澤野が余裕ぶっててムカつく」
まるで小さな子供が拗ねるかのような表情で、私を睨んでくる永野先生。

「まぁ、家族旅行などで7回くらい乗ってますから。と言うより先生は実業団時代、全国各地で試合があったんじゃないんですか?」
「あったけど、新幹線で移動だったな。たまに会社の車だったり。海外で試合をしたこともないから、結果として飛行機に乗る機会もなかった」

気のせいだろうか。
どうも永野先生の声が震えているような気がしてならない。

少し経つと刻通り出発することを告げるアナウンスが流れる。
この放送を聞いて永野先生は一度だけ大きく深呼吸する。

飛行機が動き出し滑走路を走り出す。
最初は驚いていた永野先生。

だが、しばらく走っているうちに慣れて来たのだろうか、落ち着きを取り戻す。

が、離陸するために最終加速を始め、エンジン音が変わるとビクッとなり、離陸し始めて機体が上昇すると「うわっ」と小声をあげる。

無事に飛び立ち、シートベルトが外せるようになると大きなため息をついていた。

でも、窓側の席だったため、そこから見える景色にいたく感動していた。
どうも、高所恐怖症で飛行機が怖い訳ではないようだ。

だが、この後がいけなかった。

「お客様にご連絡いたします。これより先、乱気流の影響で強い揺れが生じる可能性があります。シートベルトの着用をお願いします」

アナウンスが流れると同時に、永野先生が泣きそうな顔をして私を見て来る。

その顔を見た時に「なんだか永野先生子供みたいで可愛い」と私は能天気に思ってしまったが、きっと本人にとっては全く笑えない状況だったのだろう。

機体が右に大きく傾くと、永野先生は私の左手をぎゅっと握って来た。
その手は冷や汗でかなり冷たくなっていた。

機体も安定し、シートベルトを外せるようになると永野先生は「ごめん。ちょっとトイレに」と言って席を立つ。

顔が真っ青になっており心配になったが、戻って来ると多少は元気そうになっていたので安心する。

その後はなにごとも無く、飛行機は着陸のため高度を下げ始める。
どんどん大きくなる景色に安心したのか、永野先生は安堵のため息をつく。

「ようやく飛行機が落ち始めてくれた」
「いやいや。落ちてませんから、着陸態勢に入っただけですよ。大事ですよこれ。間違わないでくださいね」

縁起でも無いことを言われ、私は慌てて修正を求める。
あきらかに隣のお客さんが永野先生の発言でこっちを見ていたし。

このまま無事に終わるかと思ったが、最後の最後でまたアナウンスが流れる。

「ただいま、羽田近辺は非常に強風となっております。着陸時に多少の衝撃があることが予想されますが、ご心配はございません」

思わず永野先生を見ると、たった今の安堵はどこへやら。
さっきのように恐怖に怯えるような顔になっていた。

着陸は、何度か飛行機に乗ったことのある私でも経験したことが無いくらい、大変なものだった。

着地する寸前、飛行機がわずかながらバウンドしたような感じになり、強い衝撃を感じる。

これが永野先生にとどめを刺してしまったようだった。

飛行機から降り、空港のロビーで私は永野先生の横に座り、眼の前を通り過ぎる人を何気なく観察していた。

かれこれ20分は経っているだろうか。

永野先生が「少し休ませてくれ」と言い、ソファーに腰を掛けたままうつむいて動かなくなったのだ。

と、ようやく先生が顔を上げる。

「よし決めた。澤野、帰りは新幹線で帰ろう。お前の分は私が全額出してやるから」
どうも相当怖かったのだろう。
永野先生は帰りの飛行機を拒否する選択に出た。

「私はべつに良いですけど、先生は良いんですか?」
「当たり前だろう。多少のお金を出して、あの恐怖を経験せずに済むんだぞ」

「いえ、お金は出してもらう身なので、どうこう言えないのですが……。先生の車、空港に置きっぱなしですよね?」

私の一言に、永野先生は人生が終わったような顔になる。
たっぷり10秒はそのままだった。

「いや、待て。うちの実家にあの車の合鍵があるんだ。それを持って両親が車で空港まで行って、帰りは2台で帰ってくれば完璧だな。私は実家まで電車で帰れば良いんだし」

独り言のように早口でしゃべり携帯電話を取り出すと、どこかに電話を掛ける。

どうやら母親に電話したらしく、今思いついたことを説明し始める。
交渉は上手く行ったのだろう。
電話を切ると永野先生の表情は雨上がりに見る青空のように明るく輝いていた。