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風のごとく駆け抜けて

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昨年と違い、今年は大型連休までが早く感じる。

昨年の4月は色々とばたばたしていたせいだろうか。
入学式、部活紹介、そして親との言い争い。
本当にたくさんのことがあった。

今年は淡々と日々が過ぎて行き、気が付けばもう5月だ。
大型連休中の部活も今日のみ。明日からは3連休だ。

ちなみに、親から許可が出たので、明日から一泊二日で熊本へ行く。

「今日は、お腹の調子が悪いので、ジョグと筋トレをしておきます」
それなら仕方ないと、紗耶は自主練となった。

紘子は学校に提出する書類があるらしく、遅れてやってくるらしい。

それ以外のメンバーでアップの体操をしていた時のことだ。

「え? 聖香ってそんな小学生だったの?」
「いや、別にいたって普通だと思うけど? ねぇ、晴美?」
同意を求めたはずなのに、晴美に苦笑いをされる。

小学生の時にしていたことと言う話題になった。
ミニバス漬けだったと言う麻子。
勉強ばかりしていた葵先輩。
家で本を読むことが多かったらしい朋恵。

みんなが言った後で、「私は、川にサカナやカニを取りに行ったり、森の中に探検に行ったりしてた」と言ったら、みんながドン引きしてしまった。

「確かに私も一緒に行っていたけど、わりと聖香が率先として行ってたかな」
晴美にいたっては、自分は違うよアピールを始める始末。

横で聞いていた永野先生にいたっては、何がツボだったのか、大笑いをしていた。

笑ったあとで、「澤野がアップダウンに強くて、脚の筋肉がバネみたいに柔らかい理由が分かった気がした。お前、野生児だったんだな」と憐れむような目で私を見る。

あははと苦笑いをしておいたが、内心では笑顔が引きつってしまう。

小学生の時のあだ名がまさにそれだったからだ。
私と晴美を含め5人組の女子グループで、よく川や森で遊んでいた。

なんとなく私がリーダー的な存在であったため、クラスの男子が私のことを野生児と呼び出し、いつのまにかあだ名が『やせいか』となっていた。

漢字で書いた時に『野生香』と『野聖香』のどちらだったのかは、今もって謎ではあるが。

そんなあだ名も、中学で陸上を始め、私がどんどん速くなって行くのと同時に、自然と消えて行った。なにも言わないあたり、晴美も忘れているのかもしれない。

アップのあと3000m+2000mをやって練習も終了。
ダウンの体操中に紘子がやって来る。

「若宮、もう今日は自主トレで良いぞ。後から自分で走っとけ」
永野先生に言われ、「はい」と返事をして私達の輪に入って来る紘子。
そして、突然血の気が引いたような顔になる。

「どうしたのかな紘子?」
「ほんとに大丈夫? 顔が真っ青よ」
晴美と葵先輩の心配をよそに、紘子は紗耶を指差しながら、なんとか声を絞り出す。

「あの、みなさん。この人誰ですか。紗耶さんとそっくりですけど、あきらかに別人ですし」

「どうしたの? ひろこちゃん……。どう見ても藤木さんだよ」
「いやいや。朋恵? どう見ても違うし。紗耶さんじゃないし。そっくりだけど、紗耶さんじゃなくて、でもみんな紗耶さんとして扱っているし。本当にどうなってるの?」
半分パニックになるっている紘子を見て、麻子が何かに気付いた。

「まさか、あんた亜耶なわけ?」
「えぇ? なにを言ってるの、あさちゃん」
私もまさかと思った。

だって今日一日一緒に部活をして、なんの違和感もなかったし、会話の内容などもおかしなところはなかったと思う。

だが、そのまさかだった。

「あ、もしもし紗耶。いま何をしてるのかな」
晴美が携帯を取り出し、電話を掛ける。

相手は紗耶。つまり今目の前にいるのが亜耶ということになる。

「そうだよ。普通にやってるよ。多分、亜耶に騙されたんじゃないかな」
それにしても、本当に紗耶にそっくりだ。
いや、正直に言うと違いが分からない。

昨年2人に会った時に、胸にホクロがあるかどうかが見分けるポイントだと言っていたが、服を着ていてはそれも不可能だ。

と、亜耶がお団子にまとめていた髪を解く。
頭の左側だけにお団子を作るのは、いつも紗耶がやっている髪型だ。

「残念。もうネタはバレたかな。どうやって紗耶をダマしたのかも分かったけど、言った方がよいかな」
「いやいや。さすが、はるちゃん。なんとも行動力のあることで。頼もしいマネージャーだこと」

「あなた随分、内部事情に詳しいじゃない」
「そりゃ、そうだよ、あさちゃん。紗耶が毎日のように家で喋ってるからねぇ」

なるほど。
だから今日一日、部活でも違和感なく喋れたと言うことか。

始まる時に体調が悪いと言っていたのも、走ったらばれると思ったからに違いない。

「いやぁ、紗耶が毎日楽しいそうに部活の話をするから興味があったんだよねぇ。でも実際に見てみると本当に楽しかったよ。まさかばれると思わなかったけ。紘子だっけ、あんたすごいねぇ」

名指しされた紘子はずいぶんと困った顔をしていた。
でも、確かに紘子はすごい。見た瞬間に紗耶ではないと見抜いてしまった。

「自分にはまったくの別人にしか見えませんし」
「あ、もしかしてさぁ」

紘子の発言に亜耶はなにかを思いついたらしく、内緒話をするように紘子の耳元で何かを喋る。

「え! いやそれは!」
亜耶に何かを言われ、紘子は相当驚く。

「なるほどね。だからか。いや、実はあなたのように私達を見別けれる友達がいてさ。その子がそうだったから、もしかしてと思ったけど」
亜耶が独り言を言う様な感じで勝手に1人納得する。
私達は事情が呑み込めず、なにがどうなっているのかさっぱりわからない。

ただ、紘子が「お願いですから内緒にしてくださいよ」と焦り、亜耶に尋ねても「内緒だね」と笑われてしまい、結局真相は闇の中だ。

「で、話はひと段落ついたってことで良いんだな」
永野先生の問いに私達は頷く。

「よし、だったら藤木偽物ちょっと来い」
「偽物? せめて姉とか2号とか言ってくださいよ」
「私の中では犯人でもいいんだがな」

「え?」

「お前、これで『いやぁ、すっかり騙されましたよ』って笑って終わりだと思ってるのか? どう考えても、お前がやったことは、みっちり怒られるレベルだろ」
そのまま永野先生は亜耶を連れて、校舎の方へと消えていった。

その姿は、散歩中に怒られしょんぼりする犬と、それを引っ張って連れて行く飼い主のようだった。