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神坂 理樹人
神坂 理樹人
novelistID. 34601
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主人公症候群~ヒロイックシンドローム~

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それぞれの処方箋



「来ましたか」
 正義があの禁術の封印された岩山の前でそう言ったように、リュスティックも城の前に立ってそう言った。後ろでは衛兵が顔を見合わせて少し慌てているが、それは恐らく正義の隣に立つ一見幼い白髪の少女のせいであり、それを恐れるつもりもないリュスティックにとってはたいして心揺り動かされる事象ではない。
「ちょっと邪魔するぜ」
 まるで友人の家を訪ねたような軽い口調で正義は、リュスティックを見た。どちらの目もすっきりと晴れやかだった。
「腕の調子はどうですか?」
「おかげさまで快調だ」
 答えと一緒に眼前に拳を突きだしてやる。
 それを聞いたリュスティックは隣の少女を見て、納得したように頷く。
「そういえば、あまり心配する必要もないことでしたね」
 目を逸らしたカンパーニュは少し恥ずかしそうに眼を泳がせた。
「立ち話してる暇はないの、とっととあの女のところに連れて行きなさいよ」
 その相手は一秒の時間も惜しい多忙な女王のはずなのだが、彼女にとってはどうでもいいことなのかもしれない。正義は苦笑しながら、チラリと目の前に立つ騎士を見る。視線の先の美男子は知っていたように頷いた。
「どうぞ、陛下もお待ちですよ」
 驚く衛兵の横をすり抜けて、正義たちは城内へと入っていった。
 初めて城というものに入った。観光で日本の古城を訪ねたことは無くもないが、こうして実際に機能している西洋の城に入ることになるとは思ってもみなかった。赤い絨毯は踏むのすら躊躇われるような綺麗さで、普段裸足で畳を踏みつけるばかりの正義にはあまりにも不釣り合いだ。
「あまりキョロキョロしないの、田舎者臭いわよ」
「臭いも何も、田舎どころか、俺は異世界人だ」
 すっかり可愛い子振るのを辞めたカンパーニュは本当に同一人物かと見紛うほどの歯に衣着せぬ物言いで。それでも自然体の彼女が羨ましくすら思えた。
 見上げる高い位置に三席並んだ玉座は二つが空席だ。その真ん中に一人、神々しくも座しているのが女王だと正義にもすぐに分かった。
「来たな、カンパーニュ。お前に会うのはいつ振りか」
「私には瞬きするような短い時間よ、あなたが覚えていないなら私は知らないわ」
 嘘くさいセリフだ、と正義は思った。泣くほどに英雄を待ちわびた時間が一瞬のはずがなかった。
「七年振りだ。もう一人の救国の英雄、カンパーニュ」
「人違いよ。私は紅蓮の厄災、カンパーニュ」
 どちらでもいい、そう言って女王は笑う。その姿に王族らしい威厳は感じられない。
「陛下、そろそろ本題に……」
 高笑いを遮るようにリュスティックが進言する。部屋の隅に立った男はきちんと騎士団長としての職務を全うしているようだ。隣にはもう一人、背の低い初老の男が立っていた。正義はぼんやりと強いということだけを確信した。ああいう姿を見ると無性に一戦交えたくなるが、一国の王の面前、我慢をするしかない。
「すまないな、こう見えて私も多忙な身。またいずれ時間の取れたときにでも積もる話をしよう。カンパーニュ、ここに来たということは七年前の話を受け入れてくれるということか?」
 問う姿はさっきまで笑っていたそれとは全く違う。指先一つ、言葉一つで物を動かす権力者のそれだ。
「半分は受け入れることにしたわ。もう半分は、お断りね」
 もう物語は終焉を迎えるの、カンパーニュはそう付け加えた。
「紅蓮の厄災と恐れられた魔女は聡明な女王の情けで命だけ助けられて、牢獄で人を癒し続けるの。悪役にしては悪くないエンドだと思うわ」
 正義は右腕を掴む。厄災と恐れられた魔女にしては、やけに簡単に治せたものだと思ったが、魔女というものは何でも出来るものなのかはわからない。
「勝手に決められては困るな。裁くのは私、裁かれるのはお前だ」
 無機質な内容だったが、楽しそうな声だった。視界の端に声を殺して笑う小兵の姿を見て、正義はやっと女王は演じているのだとわかった。ここはカンパーニュが主人公の物語の一部なのだ。負けを認めた魔女がどんな答えを出すのかを楽しんでいる。
「私の下で働く気はないか?」
 その問いはカンパーニュにとってかなり意外な言葉だったようだ。
「はぁ?」
 と心底呆れたような言葉が漏れた。思わず一歩踏み出して、自分の立場を忘れて怒る程度には衝撃的なものだった。
「どこの世界に歩く大量殺戮兵器を好んで自分の横に置く王がいるのよ? 独裁者にでもなりたいの?」
 恐怖政治に利用されるのはごめんよ、とカンパーニュは呆れたように首を振る。
「そんな上等なものじゃない。小間使い、まぁせいぜいメイドといったところだ」
「なっ?」
 顔が真っ赤に染まる。眉根がピクピクと怒りに震えている。ついにリュスティックは我慢できなさそうに全身を震わせていた。意外と性格悪いのかもしれないと正義は思う。
「長く生きたとはいえ、その大半は一人きりだ。いきなり社会の中に放り込むのも酷だろう。姿も変わらないわけだしな」
 女王の声は優しかった。
「城内ならそれほど人目につかぬ。私の世話でもしながらこの国の中での身の振り方を考えるといい」
 その言葉にカンパーニュは押し黙る。思ってもいなかったストーリーだったのだろう。許されることのない過去を受け入れてくれる人間は決して少なくないという証明でもあった。彼女の答えは既に決まっているようにも思えた。後は背中を押してやるだけだ。
「いいんじゃないか?」
 正義はそう言ってやる。
「そう?」
「意外と似合いそうだぞ、メイド姿」
 正義の脳裏にあのログハウスでテキパキと洗い物をこなすカンパーニュの姿が思い返された。少女の手伝いのようにも見えたが、よくよく考えてみればずっと一人で過ごしてきた彼女にとって人に何かをしてあげることが楽しかったのかもしれない。
「ふーん、ジャスってそういう趣味があるんだ。変態」
 冷たい視線が正義を刺す。それなりに言葉を選んでみたつもりだが、ひどい誤解をされてしまっては身も蓋もない。
「まぁ、男には自分より地位の低い女を好むというところもあるらしい」
 女王のフォローもどこか的外れで、凍ったカンパーニュの目を溶かすには至らなそうだ。
「まぁいいわ。私の英雄の勧めだもの、聞いてあげるわ」
 微笑んでカンパーニュはその場に膝をつき、頭を下げる。
「カンパーニュ、女王の篤きご厚意をお受け致します」
 正義は微笑んだ。女王もリュスティックも笑っていた。白髪の少女は悪夢から目覚めたように震えていた。
 それでは後は頼む、そう言い残して女王は去ってしまった。ずいぶんあっさりとしているが、本人の口から言っていたように本当に多忙なのかもしれない。カンパーニュも特にそれを非難することもなく、リュスティックと同じ服装の兵士に連れられていった。さっそくメイドとしてこき使われるのだろう。残された正義はリュスティックに連れられて、謁見の間を後にする。
「あなたを元の世界に戻すための準備は進んでいます。如何せん魔法はこの世界ではほとんど失われている技術なのですが、カンパーニュがいればすぐに完成するでしょう」
「そうか、それはありがたいな」