小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

Savior 第一部 救世主と魔女Ⅲ

INDEX|10ページ/71ページ|

次のページ前のページ
 

 小ルルイリ湖に戻ったリゼとアルベルトは、新しいボートで再び湖の中央まで漕ぎ出した。一つ目のボートは壊れてしまったので、仕方なく残ったボートの中で一番使えそうなものをトニーに見繕ってもらったのである。
 トニーと今度は魔物退治を見届けると言って付いて来たフィリスが湖畔で見守っている。その姿が大分遠ざかった頃、ボートを漕いでいたアルベルトが言った。
「しかし湖を凍らせるなんて本当に大丈夫か? 広くはないがかなり深いだろう」
「あれぐらいどうってことない。ちゃんと底まで届くわ」
 水を凍らせるのだ。何もないところから氷塊を創り出すよりはよほど簡単である。いくらあの湖が深いとはいえ、底まで届かないということは有り得ない。
「そうじゃなくて、君の身体の方は大丈夫かという話だ。ラオディキアを出る時に大規模な魔術を使って倒れただろう。メリエ・リドスでも頭痛がするって――」
 なんだ。そんなことか。
「あれは悪魔祓いの術を使ったからよ。普通の魔術を使ったくらいで倒れたりしない」
 悪魔祓いの術と普通の魔術では規模にもよるが必要な力の量が違う。悪魔祓いの方がよほどエネルギーを使うし、そうやって消耗した状態で魔術を使えば倒れることもあるというだけだ。普段はそんなことは起こらない。そのことを言うと、アルベルトはそうかといって、またボートを漕ぎ始めた。
 しばらくして、ボートは目的の湖中央部へたどり着いた。
「ここね」
「ああ、間違いない」
 湖の中を探ると、魔物の気配が変わらず水底にあるのが分かった。リゼはボートから降りると、湖面の一部を凍らせて、その上に立つ。水底の魔物はまだ動く気配がない。今が好機だった。
 目を閉じて意識を集中させる。規模が大きいだけで難しくない魔術。発動させるのにそれほど時間はかからなかった。
『凍れ』
 瞬く間に湖の水が凍り始めた。魔物がいる場所を中心として、円筒の形に水が凍りついていく。氷はあっという間に水底まで到達し、魔物を完全に閉じ込めた。
 けれどこれだけでは終わらない。今度は魔物の周囲の水を凍らせていく。下から上へ。魔物を水面に追い詰めるために。初めは湖の底で蟠っていた魔物の気配が、水が凍りつくごとに水面へと上昇していく。そして、
「さあ、さっさと出てきなさい」
 さらに魔力を注ぐと、反動で湖水が震えた。水が凍りつく音。砕ける音。やがて湖面を突き破って水蛇の魔物が姿を現した。それほど大きくはないが、胴体が人間の大人二人分ほどもある。魔物は快適な湖の底を追い出されて腹を立てたのか、低い唸り声のようなものを上げると、水中へ戻ろうとしたのか湖面の凍っていない場所へ逃げようとした。
 勿論逃がすつもりはない。すぐさま魔力を送ると、周囲の湖面が瞬く間に氷結していく。魔物の逃げ道を塞ぐのに十分な範囲が凍結するのにそれほど時間はかからなかった。水底に戻ることも出来なくなった魔物は鋭い牙をむくと、目の前にいるリゼに向かって襲い掛かった。



 魔物がリゼに襲い掛かろうとしたとき、アルベルトは彼女が剣を抜く前にボートから飛び出し、抜き放った剣を振るった。その剣は魔物の鼻先をかすめ、魔物は警戒するように少し身を引く。凍った湖面に着地したアルベルトは、視線を魔物に向けたまま、後ろのリゼに問いかけた。
「どうする」
「とりあえずこいつを岸まで吹き飛ばす」
「わかった。援護する」
 アルベルトは凍った湖面を蹴ると、水蛇の魔物に向かって剣を振り上げた。しかし斬り裂くことはしない。凍っているとはいえ、魔物の血で湖を汚すわけにはいかないからだ。
振るわれた剣撃はひっかき傷を作った程度だったが、魔物の気を引くには十分だったようだ。魔物は再び咆哮すると、鎌首をもたげ鋭い牙でアルベルトを引き裂こうとした。アルベルトは魔物の牙を避け、再び剣を振るう。魔物は怒り、後ろに下がったアルベルトを追いかける。それを繰り返しているうちに、湖の中央付近から少しずつ岸辺へ近づいていく。そして、
「アルベルト! どいて!」
 魔術を詠唱していたリゼがそう叫んだ。彼女の目の前には緑に輝く魔法陣がある。アルベルトが魔物の傍から離れた瞬間、魔法陣から突風が生み出された。
 それは突風というよりも、風の塊と言った方が良いかもしれない。魔術の風は魔物を絡め捕ると、見事に後ろの岸辺まで弾き飛ばした。魔物の身体は岸辺の樹々に
ぶつかり、いくつかなぎ倒して止まる。
 アルベルトはすぐさま凍った湖面を走り魔物の元へ向かった。鈍い動きで身体を起こし、湖へ戻ろうする魔物へ向けて手加減なしに剣を振る。黒い鱗が斬り裂かれ、紫色の体液が散った。
 魔物は先ほどまでと違う苦しげな吠え声を上げると、太い尾でアルベルトを叩き潰そうとした。だが、動きの鈍っているため避けるのはたやすい。魔物の尾は何もない地面を叩き、土ぼこりが舞い上がる。その瞬間、魔物の胴に氷の槍が突き刺さった。
 湖から湖畔に戻ってきたリゼは剣を抜き、魔術で縫いとめた魔物めがけて斬りつけた。胴を裂かれ、咆哮する魔物。尾を振り回し、暴れまわる。アルベルトは振り下ろされた魔物の尾を足場に飛び上がると、その頭部めがけて斬撃を浴びせた。剣は魔物の右目を捕え、深く斬り裂く。咆哮する魔物。その鼻先に手をつき頭の上に飛び乗ると、アルベルトは魔物の脳天に深々と剣を突き刺した。
「至尊なる神よ。その御手もて悪しきものに断罪を!」
 祈りの言葉を唱えると、浄化の力が魔物を斬り裂いた。魔物は断末魔の叫びを上げ、倒れ伏して動かなくなる。地面に降りたアルベルトは魔物の頭部に突き刺した剣を引き抜いた。そこから紫色の血があふれ出たが、リゼの魔術によって傷口はすぐに凍りつき地面を汚すことはなかった。
「お二人ともー!! ご無事ですかー!?」
 そう言って走ってきたトニーは、倒された魔物を見てうわぁと呟いた。死んでいることを確かめようとしたのか、魔物の様子をじっと見ている。彼がそうしているうちにフィリスがゆっくりと歩いてきた。
「お見事です。リゼさん。アルベルトさん」
「魔物は退治した。これで問題ないわね」
「ええ。これで神域が穢されることはありません」
 フィリスは湖に近付くと、湖水に右手を浸した。そのまま、低い声で数語呟く。すると最後の言葉が発せられると同時に、そこから波紋が広がった。波紋は残った魔術の氷を打ち消し、湖面を鏡のように滑らかなものへと変えていく。それが湖全体に広がるまでさほど時間はかからなかった。
 元の静けさと威厳を取り戻した湖。そこから淡い光のようなものが立ち上る。光は柱のような形に収束し空へと舞い上がった。それはルルイリエへ来たとき視た、町を覆う透明な壁と同化していく。
「――これで、セクアナ様もルルイリエも守られます」
 そう言って、フィリスは嬉しそうに微笑んだ。



「そういえば、あの話が途中だったな」
 数日後。ルルイリエの宿で食事を終えた後、アルベルトはそう言った。リゼは何のことかという表情でこちらを見る。それに対してアルベルトは彼女にまっすぐ視線を向けて、
「メリエ・セラスで言いかけていたことだよ。これから君と一緒に旅をするかどうかだ」
「・・・ああそれ。で、何?」