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20歳になった貴女への答辞

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私は普段、誕生日を祝ったりしない。

だが、敢えて言わせてください。20歳の誕生日おめでとう。

君は19歳と10ヶ月が過ぎたある日、ハタチになると自分は変わってしまうと「僕」に訴えた。
そしてその綺麗な一粒の清流に似た涙を、「僕」の部屋のフローリングに落としたんだ。

「僕」という一人称を使って、19歳だった君を私は慰めたように思う。
19歳から20歳になっても人は死んだりしない。
君の魂も僕の魂も変わらない。
僕たちの関係も変わらない。
当たり前のことのように、「僕」は君に説明した。

君のちょうど倍の年齢だった「僕」。
「君の19年後の未来から、君のために言葉を伝えているんだよ」という僕の言葉を、君は信じてくれたように思う。
その時の君は、ひどく儚い光のような空気を纏っていた。
そう、確かに纏っていた。

私は、「僕」となって君のことを記録した。
確かに記録した。
儚い光を。
白い肢体を。
腰まで伸びた新しい夜の如き黒髪を。

透き通った光を発する君のこころが。
曖昧な縞模様のように混ざり合った知性と好奇心が浮かぶその瞳が。
「僕」を魅了していった。

しかし、刻の歯車は回ってしまった。

君の刻限は、遂にその時を迎えてしまった。

時を経た君は、喪に服してしまったから。
たっぷりと闇の詰まったバスタブの中に、君は自らを沈めてしまったから。
新しい夜のような黒髪を、自らの鋏でバサリと裁ち落としてしまったから。

私との関係も、君は手動で断ち切った。

君の言う通りだった。

君は変わってしまったのだ。
私と「僕」の言葉は間違っていた。

19の君は、もう居なくなってしまった。
私の部屋のフローリングに落ちた君の涙は、もうその面影を残さない。
私は38のまま。君は20になったのだ。私のタイムワープは、その関係性を失って君にアクセスできなくなってしまった。
君の涙は、貴女の血へと変わって、フローリングの床下へと消えた。

君は「僕」を批判し、「僕」に会うことを拒絶するようになった。
「僕」の言う言葉を受け付けなくなって、すべて呪詛とともに吐き出すようになった。

「僕」も君の呪詛を受けて怒りを覚え、悲しみを得て、私へと戻ってしまった。

きっと君の中の「僕」も、もう亡くなってしまったんだね。

君の喪の儀式は、果たして19の君へのものだったのか。
或は「僕」に対するものだったのか。

いつも間違った答えを出し続ける私には、きっと知ることはできないのだろう。

私は君と一緒に歩いた恵比寿駅までの道のりを思い出しては、悲しみに暮れるようになるだろう。

しかし、私は敢えていう。20歳になった君は、これからも前へ進むしか無い。
私たちは、例外無く刻の鎖に繋がれて滅びへと向かう存在なのだ。

過去を振り返っても、そこから得られるものは何もないと君は答えるだろうけれど。
「僕」が記録した19の時の君の標本は、君のハードディスクの中に眠っているはずだから。

「僕」への憎しみが薄れた時には、どうかあの19の時のことを思い出してみて欲しい。
一緒に過ごした外苑西通りの部屋の事を。
そのための手がかりは、君に渡したデータの中にあるはずから。

あの日の「僕」はもういない。19の君も、もういない。

でも、あの時の「僕ら」がもう居ない今だからこそ、敢えて私はこの答辞を書き記す。

黒い子猫に似た少女だった貴女よ。20歳の誕生日、おめでとう。
黒いリボンは未だにその頭上にあるのだろうか。
私の言葉は、もう君には届かないのだろうね。

日々私たちは小さな滅びを迎えているけれど。

私は君のことを、時々微笑ましく思い出し、「亡くなった僕ら」について思いを馳せています。