小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

架空植物園

INDEX|9ページ/37ページ|

次のページ前のページ
 

足止め草



花と目が合ったなどというと、頭がおかしいと思われるので誰にも言わないでいるが、あれはそうとしか思えない体験だった。


駅を降りてから歩いて約十分という会社までの道の途中に小さな公園があって、その公園の向こう側からも入れるようになっている。たまに会社の昼休みに向こうの入口から中に入ることもあったから、少し時間が余計にかかるだけで会社までに道に迷うことはない。たまにはここから入って会社に行こうとその時僕は思ったのだった。

初夏の季節、花壇には色々な花が咲いていた。何気なく眺めながら通り過ぎるつもりであったが、その中の一つの花がこちらを見ていると感じてしまった。そもそも植物には顔が無い。にもかかわらず引き寄せられるようにその花に近づいた。たぶん一つの株に多くの花を付けている場合にはそんな気にはならない。周りからちょっと背丈が飛び出していて、たった一株だけある葉と茎、そして一つの花が横向きこちらを見るように咲いていていたせいかもしれない。それは誰もが知っているチューリップに似ていた。チューリップと明らかに違うのは横向きに咲いていて、平べったい。

どうして目が合ったと思ったのだろう。僕はじっくりとその花を見た。花びらのサーモンピンク色が人間の顔を思わせ、やってきた蝶や蜂を蜜のある奥へ誘導するための黒い筋の模様が目鼻に見えないこともなかった。でもそれだけでは無い何かを感じる。僕はこの花が何か訴えているような気がした。

その花の葉のあたりを見ると、蔓性の植物の葉と茎によって縛り付けられているようだ。
「あ、これかい」
心の中でその花に語りかけながら、私はその蔓を外し、別の方に向けた。
「これでいいかな」
私は、その花がかすかに頷いたような気がした。また明日も来てみようかと思い、僕はこの花に名前をつけたくなった。さすがに女の名前をつけることはしない。
近くにある学校のチャイムが聞こえた。
「あ、いけね、遅刻だ」
僕は慌てて小走りになって会社に向かった。
《足止め草》
走りながら、そう名付けることにした。

     *                 *

《足止め草》を見ながら会社に向かう日が数日続いた。
「おはよう」僕は周りに人がいない時は声に出して言う。
《足止め草》がお辞儀をする。

僕はまるで恋人が出来たような気分だった。仕事の能率も良くなり、表情もよくなったのだろうか、今迄あまり話をしたこともない同僚女性と親しく話もするようになった。

《足止め草》に出会ったのが月曜日、木曜日にはもう土曜日にデートの約束をする彼女が出来ていた。金曜日の朝、浮き浮きとした気分のままで《足止め草》のある公園に向かった。少し離れた場所から少し違うなと感じていた。近づくにつれ、《足止め草》の首がうな垂れているのが分かった。暑くなってはいたが、周りの他の植物は丈夫なのだろう、変わりなく元気そうだった。僕は水道を探し、ハンカチに包み込み運んだ。殆ど途中で漏れこぼれてしまったが、《足止め草》に何とか水を補給した。ほんの少しだけだが元気になった気がした。その結果会社には遅刻してしまったのだが。

夜になって、僕はネットの乗換案内で、デートの待ち合わせ時間に間に合う電車の時間をメモした。そして、その前に《足止め草》を見てみたかったので、その分早く家を出る予定を立てた。

        *                  *

《足止め草》が元気になっている様子ともう花が散っている姿との両方を想像しながら歩いた。足は行くのを拒否しているように重く感じた。公園の何も目に入らず、ただ《足止め草》目指して歩いた。《足止め草》の姿が見えた。少しうな垂れている。さらに近づいた時、首を上げたのが分かった。
「どう?」
僕は艶がなくなったけれど、しっかりと元のように僕を見ている《足止め草》を嬉しくそして少し悲しく思いながら声をかける。《足止め草》がお辞儀をした。そのせいか花びらの一部がぽろっと落ちた。
「無理するな」
僕はそう言いながらも、何もしてあげることもできないことと、何もする必要が無いということは分かっていた。予定の電車に乗る時刻が迫っていたが、僕はもう少し《足止め草》を見ていたいと思った。

風が吹いてきた。また一枚花びらが落ちた。全体の半分になってしまった花びらだったが、その姿は笑っているようも思える。
やがて一枚になった花びらが震えるように動いて葉の上に落ちた。僕はその花びらを手に取って撫でた。
それを元の位置に戻した時、大きな衝撃音が聞こえた。

方角は駅の方だった。大通りに出ると、次々と消防車、救急車が駅の方に向かっている。次第に集まってくる野次馬の中の一員となって僕は歩いた。
「駅で電車の追突があったようだ」
誰かが言う声が耳に入ってきた。僕は時間を確かめる。
背筋がひやっとした。まさに自分が乗るはずの時間、《足止め草》を見に来てすぐに戻っていれば事故に巻き込まれていた筈だった。

何も知らないだろう彼女に、事故があったことと別の路線を使うので遅れることをメールで伝えた。少し離れた私鉄の駅に向かいながらあらためて《足止め草》のお陰で難を逃れたことを実感した。僕はそっと呟く。
「ありがとう」




作品名:架空植物園 作家名:伊達梁川