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架空植物園

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プチプチ草



夏の終わりというにはまだ暑い日が続いていたが、さすがに九月入って一週間が過ぎると少しずつ涼しくなっている気がする。暑い間は引きこもり気味であったので、広々とした公園に行ってみようと妻を誘った。

最初はあまり乗り気では無かった妻が重い腰をあげたのは、子どもが出来ない人が訪れて、ご利益があったという私の作り話を信じたのだろうか。神社仏閣ではなく公園でそんな話は聞いたことがないのだから、妻もそれを信じたかどうかは怪しい。

妻と結婚して2年が過ぎていた。夫婦で楽観的にそのうちに出来るだろうと思っていたのだが、いっこうにその気配がなかった。本人が気にしている以上に周りが「赤ちゃんは?」などと聞いてくるのも、次第にプレッシャーになってくるだろう。

駅まで歩いている途中や電車の中で、妻の視線はベビーカーに納まっている子どもに向かっていた。普段なら単なる風景の一つとして過ぎ去る風景なのに、妻には少子化などという話に関係なくやたらと子どもや赤ちゃんの多い街に映っているのかもしれない。

「どうして、そんな噂があるんでしょうね」
電車の中で妻が聞いてきた。
「それはね、花の花粉授受を助けるからだろうね」
「ふーん、綿棒かなんかでつけるのかなあ」
「いや、違うよ。なんていうか結構楽しい作業なんだよ」
私は、〈プチプチ草〉と云われる植物を実際に見たことはなかった。たまたま読んだ小説の中にそれは登場していて、最初は架空の植物かと思っていたのだが、写真も載っていたので、さらにネットで検索して実在の植物であることを知ったのだ。

「うーん 想像できないなあ」
途中の駅に着いて、妻の視線は開いたドアからの乗客を見ながら言った。自然にベビーカーの目がゆくようだ。
「あと一駅で着くよ。駅からすぐだからもうすぐだ」
私は妻の横顔を見ながら、自分の作り話を信じてみようという気になっていた。


駅から真っ直ぐに広い道が公園入口に向かっている。改札を出るまでは、暑い所に来てしまったかと少し後悔したが、駅舎を出ると意外に涼しい風があった。妻も短い歓声をあげた。公園をくまなく歩けば数時間かかる大きな公園だった。

木陰を歩きながら、目指す〈プチプチ草〉以外の花にも目がいった。妻も気に入ったようで、知っている花の名を言った。私の知っている花で妻の知らない花、反対に妻が知っていて私の知らない花がある。東北出身の私と九州出身の妻だからそうなるのかもしれない。

案内図で確認しながら少しずつ〈プチプチ草〉に近づいていった。私は初デートのようにドキドキ感を味わっていた。そしてようやく〈プチプチ草〉のエリアに着いた。案外広い範囲にそれはあった。春と違い夏の終わりに咲く花は少ないせいなのだろう。この〈プチプチ草〉の花の時期は視覚的には地味なせいもあって、珍しい花の割にはそう多くの人はいなかった。畝状に植えられているので、すぐ傍に寄っていくつもの花を見ることができる。そして潰すことも。

妻が携帯で写真を撮っている。そして、恐る恐るという感じで手を伸ばした。私も手元の半透明の膨らみを摘まむ。

ぷちっ! 弱い反発の後に短い音をたてて割れた。この快感はなんと説明していいのだろう。破壊衝動とは違う、達成感を伴ったような触覚と聴覚の刺激とでも言おうか。一個だけでは済まないその快感は、次々と潰していくことになる。領土を広げるという快感も加わり、指が疲れるまで潰してしまう。これはあきらかに人間を媒体に使う、新しい植物の進化形だ。もし人間に発見されなかったら、この変種は絶滅してしまうのではないかと思われる。そのせいか、この〈プチプチ草〉訪れる人の多い都市近郊の大きな公園で増えつつあった。

誰もこれが花だとは思わないだろう。梱包に使うクッション材で、つぶすとプチプチ音のでるシート。あの丸いプチプチが、丁度指が入るくらい空いた間隔でトウモロコシ状に咲いているのである。どうぞ潰して下さいとでもいうように。なぜ実じゃなくて花なのだろうということは、これは潰してみるとよくわかった。

つぶれた膜を取り去ってみると、奥に短い雄しべと雌しべがあった。丸い膜が潰れる時の風圧で花粉授受が行われるようだ。当然蜜を作る必要はなく、その分のエネルギーを花の数を多くすることに回せる。


もうすでに潰されたものも多かったが、中の方に入って行くと潰されていないものが結構あった。潰した人の性格が出るのだろうか、虱潰しというようにくまなく潰されているものと、まばらに潰されているものがあった。

「結構楽しいね!」
妻がテンションのあがった声を出した。
「どんなつぶし方してる」
私が覗いてみると、妻は少し得意そうな顔をして几帳面に潰されている〈プチプチ草〉を掴んで見せた。
「うん、こりゃ双子が生まれるかな」
私が笑いながらいうと、妻は少し真剣な顔になって「だといいなぁ」と小さな声で言った。


疲れたので一休みということで、売店のソフトクリームを食べている妻の顔の表情がいいので、私は本当に近い内に子どもが授かるような気がしてきていた。





作品名:架空植物園 作家名:伊達梁川