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架空植物園

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風船かしら




古本屋で興味を引いた【野草ハンドブック】を買ったオレは、家に帰ってパラパラとめくっているうちに一枚の紙が挟まっているのに気付いた。縦長に折ってあるのでしおり代わりだろうとは思ったが、中に書いてある文字が興味深かった。

風船かしら 未 平沼 

何だろう、まるで関係の無い三つの言葉だった。これを書いた者が風船のようなものを見た。結論は未定だということだろうか。平沼は姓でありふれているし、実際にある平沼という沼は全国にいっぱいあると思えた。

紙の挟まれていたそのページも意味があるのでは無いだろうかとオレは思った。睡蓮の写真があった。ひつじ草だった。説明文があり、―(ひつじぐさ)未の刻(午後2時)頃に咲くことからこの名がついたが、実際は朝から晩まで咲いている―ということだった。未は未の刻の未か、あとは風船かしらという言葉とどう関連あるのかが分からなかった。

隅々までそのページを見ていて撮影データがあるのに気付いた。6/14 ○○県△△△町
疑問があると解決するまで落ち着かないオレは、この地を訪ねてみることにした。付き合っていた女と別れたばかりで、どこか遠くへ行ってみたいと思っていたし、もとより野草に興味があった。

      *         *

△△△町は観光にも力を入れているようで、ローカル線の最寄り駅前に観光案内所があった。オレは持参してきた野草ハンドブックのひつじ草のページを係員に見せて場所を尋ねた。
「えー、ちょっと待って下さいね、こんな所あったかなあ」
係員が資料を探しているようだ。地図も広げている。それから係員は別の男と相談してその男と一緒に戻ってきた。
「この本はかなり古いようですね。該当すると思われる沼は個人の所有でありまして、今もこの状態にあるかどうかは分からないですねえ」
「わざわざ東京からこれを見に来たのですか」
もう一人が感心したような呆れたような口調で言った。
「いや野草に興味がありましてね、これはついでに見てみようかなと思ったんです」
「じゃあ、ここに地図が載っていますのでお持ち下さい」
オレはハイキングコースが示されている地図をもらって観光案内所を後にした。

平沼は3つのハイキングコースのどこにも入っていなかった。梅雨入り宣言はされていたが、雨は降らず、その割には蒸し暑かった。オレは木陰がありそうな山へのコースを選んで歩きだした。前に見るのは3人の女性達が喋り続けながら歩いていただけだった。この時期に山に登る人は少ないようだ。

山の中腹頃に分岐点があった。地図で確かめるとコースから外れてしまうようだったが、先で別のコースに入れるようだった。地図には、もしかしたら平沼かと思える楕円の丸があった。オレはすぐにその道を歩き出した。

もう訪れる人もあまりいないのだろう。何とか道と思える所を灌木をかき分けながら歩き、沼に近づいた。次第にドブの嫌な臭いがしてきた。その小さな沼は葦が生い茂り、沼の中央は見えなかった。オレは道の無い山の傾斜を、木につかまりながら登った。昔山道があったのかもしれない所に出て少し進むと見晴らしがよくなった。沼が見えた。

あった! 沼の中にいくつもの花らしいものが見えた。ひつじ草? 色は黄緑色だった。花びらは無い。あ! これが《風船かしら》だろうと根拠も無くそう思った。近くに寄って見たいと思ったが近くによると葦が邪魔で見えない。やはりここで見るしかないだろう。オレはデジカメのズームで拡大して見た。まったくの円形ではなく、太めの水晶のような形だった。それに膨らみが加わった感じである。

オレはリュックを下ろし、持参してきたレジャーシートを敷いた。お昼を食べながら観察することにした。


お昼を食べ終えても《風船かしら》はまだ飛ばない。デジカメで見ると膨らみが増した気がする。あたりを見ると咲き遅れた花が見えた。やはりひつじ草かなと思えた。デジカメズームで拡大しているので実際の大きさは分からなかった。写真を撮ったが、コンパクトデジカメだからズームし過ぎてぶれてしまう。

お腹がいっぱいになって、眠くなってきていた。時計をみると午後1時、未の刻の午後2時までは時間がある。オレは昼寝をしようと思って横になった。

作品名:架空植物園 作家名:伊達梁川