小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
小早川たき
小早川たき
novelistID. 36004
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

みをけずる

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
世界の名画を紹介するテレビ番組で、アナウンサーが淡々と、作品の背景と作家の人生を読み上げる。
「この絵の女性は彼が13の時出会い恋をした女で、彼は他の女性と結婚後も彼女と云々」
 母はこの手の番組が好きで、「この女性のことをとっても愛していたのね、やさしい絵だわ。」などと。
 僕は、それが嫌いだった。そんな番組も嫌いだったし、それを見る母も嫌いだった。
 愛だの恋だのという作品の背景を聞いた途端、その絵の鮮やかな色彩の奥に、作家の下心が透けて見えるようで。だいたい、なんなんだ。他人の人生をぺらぺらと本人の許可もなく、週刊誌のゴシップ記事みたいに、平日昼間の主婦たちにお披露目??
僕は母が好きだったけど、そういう番組をみている母だけは、どうしても好きになれなかった。
母は、僕の本当の母親じゃない。本当のお母さんは僕が11のとき家を出ていき、僕が13のとき、父は今の母と再婚した。お母さんと母は性格も趣味もまるで違っていて、母がきてから僕の家には突然クラシックのCDが並んだし、食卓には聞いたことのないカタカナの料理が並びだした。中学生の僕はその上品な雰囲気を気に入った。だけど、そう、そういう芸術番組をみているときの母が、どうしても、週刊誌をにやにやと眺めていた実母の姿と、重なったのだ。 
 
 きれいな絵なんだ。それでいいじゃないか。作者とモデルの不倫関係なんて知ったこっちゃない。知ったこっちゃないし、たぶん知ってほしくない。僕が作者なら、知ってほしくない。
知ってほしくない?じゃあ、なんで描いたんだろう。なんで描くんだろう。知ってほしかったのか。誰に?数百年後のお茶の間に、ではないだろう?なんで、描いたんだろう。なんで、そっとしまっておかなかったんだろう。なんで自己表現が芸術になるんだろう。

 こんなことをもうずっと、ぐるぐると考えている。ぐるぐると考えながら、四年間美大に通って絵を描いたけど答えは見えず。結局四年間、「気持ちがこもってない、顔がみえない」といった、ふわっとした評価をもらい続けた。それでも成績はなかなか優秀で、小さなデザイン会社に内定ももらった。先生は、「画力もセンスもあるんだもっと上を目指せ」ですって。そりゃあ先生の勘違いですよ、実際僕はどのコンクールでも、あと一歩な賞しかもらえてないじゃあないですか。そう言ったら、ほらまた、「気持ちがこもってないから」、だ。「小手先」「つまらない」「淡泊」「情熱がたりない」、でしょう?そう、僕は、お手本みたいな絵しか描けない。自己表現なんて、なんというか、恥ずかしいじゃないか。
 だってそうでしょう、例えばこの春彼女と別れた友人が、その直後提出した絵ときたら!未練たらたら垂れ流し、感情丸出し、恥ずかしいったらありゃしない。それにそのあと彼、なんだかすっきりしちゃってさ。髪切って合コン行って。大爆笑だよ。自己表現なんて自己満足。僕はあんな風になれない。
 僕はあんな風になれない。なりたくない。だからもう、これでいいんだって、思ってた。だけど、今、僕は焦っている。本当に焦っている。
 
 父と母が離婚する。大学に入って一人暮らしを始めてから、二人の様子を、僕は何も知らなかった。たまに実家に帰った時も、定期的にくる二人からのメールを読む限りでも、二人は仲の良い夫婦に見えていたのだけど、本当はなんだかいろいろあったらしい。母は、たくさん泣いていたらしい。知らなかった。知ろうとしなかった。僕はもう成人だし、それなりに一人立ちしてるつもりだし、当然、僕が二人に口出しすることはなにもない。何もないのだけど。
 僕はすっかり焦ってしまった。抑え込んで忘れてたつもりだった、色々が、もう、栓がはずれたみたいに。混乱している。僕はいま、選択をしなきゃいけない。もう一度栓をしめて、先の知れた未来を進むのか、それとも。それとも。
「気持ちがこもってない」。もっともだ。たしかに僕の絵は上っ面だ。僕は気持ちを込めていない。センスも画力もあるけど、小手先で描いてるし、つまらないし淡泊だし、情熱もない。どうすればいいのかわかっている。「身を削って描く」ってことを、考える。身を削る。簡単に言うよね。身を削るんだよ、痛いじゃないか。
テレビで紹介されてたあの画家は、初恋の相手で、不倫相手の彼女を描いて、何を思ったんだろう。キャンパスに彼女の姿を映し終えたとき、いったい何が残った?彼女への思いをいっそう募らせた?違う。僕にはわかる。彼はキャンパスの上に彼女をすてたんだ。彼女への想いを削って、絵の具にした。身を削って描いたんだ、そりゃあ、人の心に残る。名画だ。そして百年後、彼の彼女への想いは、テレビで陳腐なラブストーリーとして語られて、お茶の間ににぎやかしとテレビ局に視聴率を。身を削って、描いて、それでその代償に、彼はいったい何を得たんだろう。なんで自己表現が芸術になるんだろう。なんでみんなそっとしておいてくれないんだろう。何を得たくて描くんだろう。
耐えられないから?
気持ちが大きくなって大きくなっておさまりきらなくなって、削ってやらなきゃ耐えられない??
僕には、耐えられない。栓が外れてしまったから。もう耐えられない。何もかも吐き出して逃げ出したい。そして、卑しくも、評価されたい。描こう、身を削って。鉛筆を持った手が震える。涙だってでてくる。だけど、耐えられないんだ。きっと、これは最低な自己満足だけど。



 閉じた本を膝に置いて座り、こちらに顔をむけて微笑んでいる、女性の絵。先生にすごく褒められた。卒業間近にどうしたんだ?って。心境の変化です、なんて答えたけど。
「恋人?」友人がにやにや笑いながら聞く。「いや、一番好きな人だよ。」僕は笑って答える。「いい女だな」友人がにやにやしながらいう。僕は笑う。もう泣かない。だってもう、削ってしまったから。
 
 コンクールに出して、賞金が結構もらえて、そう、それから、どうやらこれからは仕事として絵を描いてお金をもらえるみたい。当然だ、僕は画力があってセンスもあって、それに、身を削ったんだから。
今のところ、これが、僕の得たもの。
失ったものは。僕がこの賞をもらってから、父と母からの連絡がぴたりと止まった。肖像権を侮辱したからでは、ないだろう。

 13歳のとき。母が家にきてすぐのことだ。深夜、僕は目が覚めて、のどが渇いていた。それで台所へ向かうとき、両親の寝室から漏れる、母の声をきいた。母の喘ぎ声をきいた。ドア越しに微かに声を、ひとつ、きいただけだ。それだけで、僕はかわってしまった。
 次の日、昼すぎに起きてリビングのドアを開けたとき、椅子に座って本を読んでいた母が、本を閉じ、こちらをむき、上品に微笑みを浮かべて、「おはよう」と。あの姿が、ずっと離れない。ずっと思い続けている。僕の、一番好きな人。
 母は、僕の絵をみてどう思っただろう。執拗なほどに細やかな肌の質感から、這うように舐めるように筆を滑らす僕の姿がみえただろうか。髪をすくような、唇をなぞるような筆遣いに、気が付いただろうか。それでも、「この女性のことをとっても愛していたのね。やさしい絵だわ」なんて、言うんだろうか。
作品名:みをけずる 作家名:小早川たき