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ゴールキーパー。サッカーというスポーツの中で極めて特殊なポジションである。11人の中で1人だけボールを手で扱うことが許されている。またそのポジションは1人だけに限定され、2人が同時に出場することは叶わない。その椅子に1度腰を降ろしたものは容易にはその甘美な座を譲ることはしない。
 
 A県立三間坂高校。A県の郊外に位置し、文武両道を謳う進学校。過去に2度選手権県予選で決勝に駒を進めるものの、全国出場を果たしたことはまだない。近年は低迷が続いていたが、夏のインターハイで県ベスト4に入り古豪復活をアピールした。

 「俊也君、本命のクラブはどこ?」
サッカー専門誌の記者がキーパーグローブをはめて練習を始めようとする俊也に質問を投げかける。
 「まだ、決めてないっす。とにかく今は目の前の選手権予選に集中したいんで。」
 「三間高、結構いいとこいけるんじゃない。なんたってU‐19の俊也君がいるからね。」
 「いや、サッカーは11人でやるもんなんで。でも俺が点取られなきゃ、負けないわけでしょ。今年はマジ全国狙いますよ。そして国立行きたいっすね。」
 記者は熱心にメモを取りながら、
 「国立まで考えてるあたり、野心家の俊也君らしいね。」
 俊也は荒鷲のような目を光らせニヤリと笑みを浮かべる。記者と、俊也が話しているのを遠見しながら六郎がキーパーグローブを手にはめる。最近、記者が来る回数が増えた。お目当てはもちろん俊也だ。その姿をなるべく見ないようにするのが六郎の常であった。

 六郎と俊也が入部したのは3年前。入部初日、キーパー志望の者だけ別に呼ばれ別メニューを組まれた。キーパー志望が2人だけであったのでシュート練習の相手をすることとなった。六郎も中学ではレギュラーを何とか務めあげ、それなりの期待を自分にこめ入部したのであった。ところが俊也のプレイを目の当たりにし、その期待は一瞬にして粉々に打ち砕かれることとなった。しなやかに伸びる腕。大きな上背。ばねのような跳躍。そして何より動物的ともいえるその反射神経。(僕なんかとまるで持っているものが違う。)六郎は愕然とした。その日以来、俊也は正GKの椅子に座り続け3年間譲らなかった。その間、各世代の日本代表にも選ばれる逸材として高校サッカー界に名を轟かせた。そしてベンチが必然的に六郎の指定席となったのだった。

 記者に軽く頭を下げ俊也が六郎の元へ走ってくる。
 「悪い、悪い。やっと終わったわ。」
 「ううん。いつものことだから。」
 「始めようぜ。」
 GKの練習は地味で孤独である。他のプレーヤーから離れ、たいてい2人ないし3人、1組で練習する。2人はまずキャッチングの練習を始めた。互いにボールを放り、それを受け止める練習だ。六郎がボールを放る。俊也はそのボールに反応する。反応するというよりボールの飛ぶ方向が分かっているかのようにボールが手に吸いつく。六郎が高く放る。六郎には取れない高さだ。俊也の体が大きく跳ね上がり、いともたやすくキャッチする。GKの本に書いてあるような、お手本通りのフォーム。それは美しくもあった。六郎は目を奪われる。
 「代ろうぜ。」
 俊也が声をかけ六郎にボールを放る。俊也に放ったボールより明らかに高さが低い。何とかジャンプして抱え込む。次のボールは先ほどより少し高い。俊也なら楽々キャッチできる高さだ。六郎は懸命にジャンプするも指先をかろうじてかすめさせるのが精いっぱい。ボールは後ろに転がっていく。
「ごめん。ごめん。」
六郎は俊也に一言謝り、ボールを取りに行く。(何で僕には出来ないんだろう。)俊也の姿を初めて見たときから追い続けた3年間。もっと高く、もっと遠くと願ってきたが、俊也はその先を進んでいってしまう。(3年もがんばってきたのに・・・。)唇をかみしめる。

「集合!!。」
キャプテンの田中が声をかける。冷静沈着なDFリーダー。俊也の能力をいち早く見抜き、三間高をDF中心のチームへと方向を転換させた。俊也の陰にかくれているものの、近年低迷が続いた三間高校を再び全国を狙えるチームに育てた陰の功労者であった。
「選手権の組み合わせが決まったぞ。」
田中がトーナメント表を広げる。みながトーナメント表を見ながら口ぐちに感想を言う。「1回戦は楽勝だな。」「百合浜工業は別ブロックか。」
俊也はトーナメント表をなぞっていく。
「帝陵とは決勝か。」
帝陵高校サッカー部。カナリア色のユニフォームはブラジル代表を彷彿とさせ、全国のサッカー少年の憧れの的となっている。今年のチームはその中でも歴代最強の呼び声も高く、U‐19日本代表にも名を連ねる超高校級MFテクニシャン兵藤を擁し、破壊的な攻撃力を誇っている。田中が俊也に話す。
 「インターハイでは奴1人にやられたようなもんだからな。」
 「奴は俺が止めてみせる。」
 俊也は力強く宣言すると両の拳を目の前で堅く結ぶ。

 練習終了後、皆、着替え帰宅の準備をしている。六郎は一人グランドに残っている。田中が声をかける。
 「六郎!。部室の鍵いつものように片付けといてくれよ。」
 「うん。後は、やっとくから大丈夫。」
 六郎はグランドを走り始める。とんぼのかかっている個所を避け走るのが六郎のいつものコースだ。今までの部活のことが思い起こされる。俊也に出会って以来、毎日走って走りに走り続けてきた。何のために?届かないものに手を伸ばし、そのたびに、無力感と絶望感にさいなまれてきた。冬の割に暖かい日差しで汗が噴き出してくる。キーパーは足腰だ。入部したころ先輩に言われた言葉どおり3年間走り続けてきた。そして六郎は信じていた。走り続けた向こうに何かがあるはずだ。走り続ければ届くんだと。10週目のラスト、六郎はスパートをかける。いないはずの俊也の影が見える。(俊也君はあそこにいる。)
「うわーー。」
 六郎は走りぬけた。

 県予選が始まった。三間高は俊也を中心とした堅いDF勝ち進んでいた。特筆すべきは失点が0であったことだ。俊也は「自分が0点に抑えれば勝てる。」を実践していた。(何で俊也君なんだ。何で僕じゃないんだろ。)六郎はベンチから俊也を見続けていた。俊也はピッチで躍動していた。

 準決勝は別ブロックから勝ち進んできた百合浜工業。三間高校は後半終了間際に虎の子の1点を上げる。田中がDFラインに指示をする、ラインを下げ1点を守る作戦。逃げ切りだ。百合浜工業は長身FWにボールをどんどん放りこんでくる。俊也はその能力をおしみなく発揮しそのボールを次々とつかみ取る。主審が時計を見る。ロスタイムに入った。誰もの頭に決勝進出がよぎったその瞬間、三間高のDFの手にボールが当たる。
 「ピピー!!。」
 主審がホイッスルを鳴らし、PKボックスを指さす。痛恨のPK。ハンドしたDFのしまったという顔。喜色満面の百合浜高FW。三間高のイレブン、ベンチ、応援席は沈黙に包まれる。その時、六郎は突然、立ち上がりベンチのメンバーに大声で叫ぶ。
 「まだ、決まってないよ!!。ここでベンチが声出さなくてどうするの!!。」
 ピッチの方へ顔を向ける。
 「みんな、まだ終わってないよ!!。あきらめたらだめだよ!!。」
作品名:この手に届け 作家名:間 聖人