人形の心
「最近、君は笑わないな」
光の差す温室庭園で優雅に紅茶を飲んでいた女が、その声に気づき、顔をあげた。
彼女は綺麗に笑う。
「そうかしら。今も、こうやって笑っているのだけれど」
男はため息をつく。
「君が作り笑いを浮かべているのか、それとも魔法で私の目を狂わせているのか、もう分からないよ」
そう言いながら、彼女の前へと座った。
女は笑みを崩さないまま、
「必要のない時以外は魔法は使っていないって、昔に言ったはずだけど」
「……この前、城の前で何やらもめていたそうじゃないか」
「あぁ。そんなこともあったわね」
つい最近の話なのに、まるでとうの昔におきたことのように彼女は喋る。
「依頼をされたのよ」
「依頼?」
「そう。魔法で、娘を生き返らせてほしいって」
男は苦笑を浮かべた。
「それは、また無知な客だったな。君が世界一の魔法使いだと知って来たのだろうが」
「そうね。……それで、今日は何の話をしにきたのかしら」
どうやら、何もかも見透かされているらしい。
男はため息をつく。
「……魔法は人を殺すことは出来ても、人を生き返らせることは出来ないと、昔誰かが言っていたな」
「その通りね」
「でも、一つ方法があるだろう?」
女の顔から、笑みが消えた。ゆっくりと首を傾ける。
「……この国には、君の力が必要なんだ。これからもずっと、未来永劫。だから――」
男の腕がすっとのびる。ティーカップを持っていた女性の細い腕を、握った。まるで、逃がさぬかのように。
「いいわよ」
腕をふりほどき、女は不敵な笑みを浮かべてそう言った。
「あなたは私の命の恩人だもの。昔の約束通り、私はあなたの命令を何でも聞くわ。もちろん、今回のことも。あなた達が何をしようとしているのか、私は全て知っているわ。私がこれからどうなるのかも。そして――これは勘だけれど、いつまでもこれは続かないと思うわよ」
男は愉快そうに笑った。
「それで十分だ」
「……そう」
「詳しいことは、また今度説明するよ。それじゃあ、邪魔したね」
温室庭園を出て行く男の後ろ姿を見送り、女は息を吐く。
「……嫌になるわね、本当」
苦笑を浮かべ、そう独り言をつぶやいた。