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でんでろ3
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novelistID. 23343
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贈与論

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「教授、教授、教授、教授、教授、教授、教授、教授、教授、教授」
と言いながら、研究室のドアを勢いよく開けて入ってきたのは、2年生の水田マリだった。腰まである長い髪“だけ”が美しい女子だった。
「何だね騒々しい。君は今、春休みのハズじゃあ、ないのかね」
「教授、今日は何日でしょう?」
「えーっと、3月14日だねぇ」
「3月14日と言えば、何の日でしょう?」
「1953年に衆議院がバカヤロー解散した日だねぇ」
「いや、そうじゃなくて……」
「1970年に日本万国博覧会(大阪万博)が開幕した日だねぇ」
「いや、そうでなくて、毎年やって来るもの」
「何だ、そう言う事か。物理学者のアルベルト・アインシュタインの誕生日だったねぇ」
「それも、毎年、来るけども……」
「分かっているよ。演歌歌手の五木ひろしの誕生日だったねぇ」
「いや、私、五木ひろしって、コロッケの物まねでしか見たことないんですけど」
「はっはっはっ、読者もそろそろ飽きてきたころだねぇ」
「分かっているなら、くだらないこと、しないでください」
「数学の日だねぇ。円周率の3.14にちなんで……」
「この〇〇〇がっ」
「女の子が、そんなことを言ってはいけません」
「ホワイトデーですよね」
「わかっているよ。それで、バレンタインデーのお返しを、取り立てて回っているという訳かい?」
「いや、借金取りじゃないんだから、『取り立てて』は、やめて下さい」
「しかし、私は君からチョコレートをもらった記憶がないのだが?」
「嫌ですねぇ。忘れたんですか? 3時のおやつに、皆で、私が持ってきた徳用の麦チョコを、むさぼり食ったじゃないですか」
「むさぼり食ってはいないけど、何? あれ、バレンタインのチョコだったの?」
「そうですよ」
「正確に言うと準チョコレートだねぇ」
「〇〇の穴の小さい男だな。チョコはチョコでしょう」
「あの、君、女の子だって自覚ある?」
「かのマルセル・モースは『贈与論』の中で、こう述べています」
【贈与(あるいは社会学)においては、贈るものを何にするかよりも、贈ることが何を意味するかが問題となる】
「すなわち、ゴディバだろうが、駄菓子だろうが、バレンタインデーにチョコを食べることに意味がある訳です」
「……私も、その本は少しかじったことがあるが……」
「へー、どんな味がしました?」
「ちょっと、ホコリっぽかったかなぁ。ほら、ここに、歯形が……、って、そうじゃない」
教授は、人差し指と親指で眉間を揉んだ。
「君は、1を聞いて、10知った気になって、100語る女だからねぇ」
「そんなことは、ありません。ただ、針ほどのものを棒の様に言うだけです」
「しかし、贈与論とは、また、クラシックなものを……」
「良いものは、いつ読んでも良いのです」
「まぁ、君にとっては、都合の良い論説だが……」
「『贈与論』の中には、次のようなことも書かれています」
【贈り物にはマナという霊的な力が宿る。マナは贈り手の魂であり一部である。だから、返礼せねばならない。】
「つまり、あの麦チョコには私の魂が宿っている訳です。また、こうも書かれています」
【贈り物に宿るマナは贈り手のところへ戻ろうとする。受け手のところに留まろうとはしない。】
「つまり、教授の中には、今、私のマナが宿っていて、無意識に、私にバレンタインのお返しをしたくなっているハズです。そして、お返しをしないのは危険です。なぜなら、
【受け手のところに留まりつづけるとき、マナは受け手に悪い影響を及ぼし、ときには死さえもたらす。】
からです。私は、教授の身を心配して、駆け付けた訳です」
「私の命って、麦チョコよりも軽いのか?」
「さぁ、何かお返しを下さい」
「お返しと言ってもなぁ。何も用意してなかったからなぁ」
教授は、研究室を見渡した。
「おおっ、これは、まだ、未使用だった。千葉県東金市東金商工会議所青年部のイメージキャラクター『やっさくん』のクリアファイルだ」
「……教授は、私に恨みでもあるんですか? これ、子供が見たら、泣きますよ」
「そうかね。なかなか見どころのある面構えだと思うが……」
「またぞろ、『贈与論』からです」
【返礼によって、受け手は贈り手の権威や富に対抗し、勝利することで地位を維持したり高めたりしようとする。】
【受領を拒むことや返礼できないことによって、受け手は贈り手の権威や富に敗北し、地位を低めることになる。】
「つまり、あらゆる面で、私より秀でていることを示すために、教授は、もっと良いものを贈らなければならないのです」
「徳用の麦チョコをシェアするのよりは、クリアファイルの方が良いと思うが……」
「クリアファイルではなくて、『やっさくん』が嫌なんです」
「やれやれ、『銭徒ミカエリ』と呼ばれるわけだ」
「なんですか? それ?」
教授は、「しまった」と思ったが、もう、遅い。
「いやぁ、君、影では、そう呼ばれているようだよ」
「えぇっ? 『学園のマドンナ』じゃあ、ないんですか?」
「君の頭脳は歯車で出来ているのかね?」
「人造人間キカイダーの良心回路じゃないんだから、歯車で出来ている訳ないでしょう」
「キミ、古いこと知ってるね」
「話を戻しますけど、『贈与論』によれば、
【贈与には、贈り物をめぐる贈与の義務、受領の義務、返礼の義務の三つの義務がともなう。】
よって、
【贈り物は、気前よく与えられねばならず、喜んで受けとられねばならず、忘れることなくお返しされねばならない。】
と、言う事になるのですよ。『義務』ですよ。マナーじゃなくて、ルールです」
「じゃあ、これはどうだね? キャイ~ンのシングルCD『お前こそチョベリバ』だ」
「……ポケットティッシュで手を打ちましょう」
作品名:贈与論 作家名:でんでろ3