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D.o.A. ep.44~57

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Ep.46 無人島・2日目




――――まただ。

うなじを焼くような敵意が、闇のいずこかで研ぎ澄まされている。
火の勢いが弱いので、視界が利く範囲がせまい。
手元に置いた得物をつかんで、暗い闇の奥に神経をとがらせる。
自分の鼓動の音だけが、やたらうるさい。

「――――――!」

ジャックを起こすべきかどうか、一瞬逡巡したのが、あだとなった。

光るものが二つ、またたく。
刹那。
剣を構えるいとまさえ与えず、金色の巨体が間合いへ飛びいる。
眠りこけているジャックには見向きもせず、まっすぐにライルだけを狙ってきた。
巨躯にそぐわぬ身のこなしで彼の間近にせまり、たくましい前足と後ろ足がライルの四肢を瞬時に押さえ込んで圧し倒す。
背中への衝撃とともに、木の葉が舞い散っていった。

「…なんなんだよ、お前、は」
ジャックの言っていたことが理解できない。
彼にとっては命の恩人でも、自分にとっては対極にいるものだった。
見下ろす二つの琥珀は、どう解釈してもライルに、生きろ、とは言っていない。
この瞳は冷えきっていて、不思議なことに、すこしだけ、おびえているようにも見えた。
(…死んでほしいってのか、俺に)
なぜかその感情が乗せられた色を、前にどこかで見た気がし、奥歯を噛んだ。
獣のなまぬるい息遣いが、顔に、首筋にかかる。
暴れようともがくも、腕も脚も、万力でのしかかられていて身じろぎくらいしかできなかった。
低くうなる大きな口から、鋭利な刃を思わせる牙がのぞく。
わけがわからない。一体、このけだものはどういうつもりなのだ。
獣の大きな顔が、無遠慮にライルに近づけられる。
その時、恐怖よりも―――無性に、腹が立った。

「どけ…ッ、つーの! …このッ!!」

歯を食いしばり、近づいた黒い鼻っ面に、唯一自由な頭を、渾身の力でぶつけてやる。
思った以上に衝撃があり、彼の額にはしびれるような感覚と、
「……ゥゥォォ……」
そして、何かを砕いたような感触が伝わった。
自由を完全に奪っていたはずの相手からの予想外に強力な反撃は、押さえ込んでいた手足の圧力を弱らせる。
しびれに遅れて、ぶつけた痛みがやってきたが、構っていられなかった。
すかさず腕を抜き出し、手元の剣の柄をつかむと、抜き身へ解き放つ。
その抜き身の刃を、一瞬にして手首を使い、獣のこめかみへひたりと当てた。
「このまま、目玉えぐられたくなきゃ、俺の上からどくんだ。…脅しじゃない」
ぽたぽたと冷たい液体が落ちている。
今まさに目元に刃を突きつけられた獣は、しかしなお、彼を押さえつけたままだ。
闇の中でなお光る美しい一対の黄金は、わずかも揺らがなかった。
ライルは目つきを険しくし、柄をさらに握りしめる。

「どけ!!!!」
「!!?」

静寂に絶叫が突き抜けた。
それだけの大声量は、今の今までのんきに眠りこけていた傍らの男を現実に引き戻すにじゅうぶんだった。
がばっと覚醒したジャックは、起き抜けで眼前に飛び込んできた光景に唖然とする。
――――命の恩人が、ようやく出会えた、たった一人の人間にのしかかっている。
この状況を見て、戯れていると思えたら、それはよほどの節穴の目の持ち主だろう。
ジャックの目は節穴ではなかった。

「ソル…!何しとるんやッ! なんで…なんでライルくんを!」
悲痛なまでの声を上げるジャックへは視線もくれない。
「お前、俺は助けてくれたやんか!ライルくんは俺とおんなじや!来たくて来たわけやないッ!
ソル、お前賢いから俺の言うてること、わかってるやろ?!」
涙目になりながら必死で訴えかけるも、完璧に無視されている。ジャックはどうすべきかうろたえた。

「なに話しかけたって無駄だ!俺のナイフを取れ!」
携帯用のナイフは軍の支給品で、常に身につけている装備のひとつだ。
巨大な獣の命を狩るには心もとないが、気を逸らさせるコトくらいならばできよう。
縄張りなど、もはや関係ない。この獣は、ライルがどこにいようと命を狙う。
先住の主を駆除するのは多少忍びないが、生き抜くためにはやむを得まい。
「はやく!!」
急かされてさぐると、頭の横あたりに置かれたポーチ状のものの中に、確かにそのきらめきはあった。
ふるえる手でそれを持ち上げ、ジャックは定まらない手つきで獣へむける。

「…そ、ソル!た、た、たのむ、退いてくれ…俺は、…俺はッ」

おまえをころしとうないんや。
そう続けようとした、直前。
ヒュウ、と恐ろしく速いものが飛んで、風を切って、獣の背や脇腹につぎつぎ突き刺さる。
途端、ライルの上に乗っかっていたそれが苦痛にうめいた。
再び飛んできたそれを受け、もはやここにとどまるのは危険と判断したらしい。
押さえつけていた少年から、手負いとは思えぬ動きで跳び退き、そのまま闇へ身を躍らせた。
ザザッ、と茂みをかき分けながら逃げていく。

「そこぜったい動いちゃダメだからな!」
三白眼に涙を浮かべ、震える両手でナイフを包んでいるジャックに言い残し、獣を追って暗闇へ飛び込む。
返事はない。状況がよく飲み込めていないのだろう。
ライルだって、実のところ、さほど把握できているわけではないけれど。
ともかく、飛んできた凶器についての思案は、いったん保留だ。

逃がすものか。
―――追いついて、正体をつきとめてやる。


とはいえ、すぐに見失った。
月明かりだけで自由に動けるものではないし、その上、猛獣は素早かった。
気配さえ見失うのに、そう時間はかからなかった。
相手は怪我をしている。
足元を照らせる明かりさえあったら、きっと点々と続いているであろう血の跡が、獣の行方を示してくれるのだろう。
走っているうちに、自分が何処にいるのかさえわからなくなりそうだ。

「……!」

不意に、前方で光るものが横切った。

即座に、無我夢中で追いかける。
それが何者であろうとかまわない。
否、本当は直感し、その直感が正しいことを期待している。
もしかしたら、あの光は――――







作品名:D.o.A. ep.44~57 作家名:har