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D.o.A. ep.44~57

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Ep.56 You're my only...




「ソル…!!」

叩き落ちる水流に掻き消されそうな叫びが、ティルの耳には確かに届いた。
その声の意味するところを理解する前に、青年が――――落ちていく。
黄金の獣に添うように、滝壺へと。

「――――ッ!!」

真っ先に動いたのは、ネイアだった。
滝壺が眼下に広がる絶壁の先端に駆け寄って、無我夢中に後を追おうとし、
「やめとけ、お嬢ちゃん」
父が雇った、赤毛の傭兵グラーティスに腕をつかまれた。

「は、なして。…ジャックが…、さっき落ちたん、ジャックや…助けんと」

顔色を蒼白にして、ネイアはつぶやきながら身をよじる。
水面に叩きつける滝は、さほど大きなものではないが、水煙が立ち上がって底の様子を隠している。
「おめぇさんが飛び込んだところで、まわりの手間が増えるだけだって言ってんの」
「……」
「ネイア、この人のいうとおりや。アホなこと考えんとき」
それはもっともだ。父にも諭されて、ネイアはうなだれ奥歯を噛みしめた。
崖の上で一体何が起こったのかは、皆目わからない。
きっとジャックは自ら身を投げたのだと、ティルは確信していた。
あの黄金の獣を抱くように落ちていくのを、確かにとらえたからだ。
「ウチが…ウチのせいで」
猛烈な後悔だけが彼女の胸を押し潰そうとしていた。
あの時、彼の迷いを断ったのは、ほかならぬ彼女だ。
もしあそこで、彼の背を押さなければ、こんなことにはならなかった。
「なにが…女のカンや」
惚れた男の背を押すことが女としてやるべきことだなどと、そんないい女ぶった浅はかな自分を殴りつけてやりたい。

「アーアー、泣くんじゃねえよ、お嬢ちゃん。あの坊主が死んだって決まったわけでもなし」
肩を震わす彼女を見かね、グラーティスは後ろ頭をかくと、滝つぼを軽く見下ろす。
「この高さだったら生きてる可能性、十分あるからよぅ」
「ほ、ホンマ…に?」
「ホンマホンマ」
にかっと笑って、無精ひげの生えた顎をくいっと引き、アントニオ船長の肩をたたく。
「川につながってるぜ。流されてたら、辿っていきゃあ見つかるさ」
その言葉を確かめるべく、アントニオ船長も先端へ近付く。
水煙でぼんやりとしてはいたが、確かに川が流れていっている。
「ネイア。大丈夫やで。ジャックは絶対見つけたるさかいに」
涙を浮かべる娘の頬をつまみ、安心させるようにぽんぽんと背中を叩いてやる。

「――――俺も、手伝う」

ふと背後からかけられた声に振り返ると、そこには見知った黒髪の少年が佇んでいた、が。
「うおわああ!!な、なんやそれ!?」
崖上から自力で降りてきたライルは、傷だらけズタボロの上、派手なまでに血まみれだった。
心臓の弱い者が見たら気絶しかねない風体に、しかし目はギンと冴えていて、周囲は絶句する。
「こりゃまた…」
「ジャックを見てなかった俺にも責任が…」
「アホゆーな!手当てが先やろッ!…おいお前ら、ナニぼけっとつっ立っとるんや!置いてきたあいつらまとめて捜索はじめんかい!」
「は、はいっ合点っ」
彼の部下たちは、はたと気がついたように駆け出した。
戦いは終わった。レオンハートの分身は、おそらく消滅しているはずだ。
と、アントニオ船長は考えているのだろう。
しかし、万が一ということもある。ライルは輪郭に沿ってつたう血を手の甲で乱暴にぬぐって歩き出そうとする。
「俺も…」
「やからぁ、なにムチャクチャ言うてんねん。死体が歩いてるみたいな体で。ええから座り」
有無を言わさず強制的に腰を下ろさせる。それから傷を見て、ため息をついた。
「そんなに…ひどいすか。俺」
「とりあえず止血やな。…水色のあんちゃん。手伝い頼むわ」
懐から何枚か布を取り出してティルを呼ぶ。相当酷いと見え、娘にはあまり見させたくないようだ。
レオンハートの爪や牙による外傷は、普通の人間なら深すぎて戦うどころか立っていることさえできない傷だった。
ちゃんと塞がるかどうか、危ぶまれる。
まあ、男の体のことだから、傷が残ってもさほど大事ではないが、そんなことよりとにかく出血が相当多い。
ある程度の血を流したら身体は死ぬというが、まさにぎりぎりの量だろう。
リノンがいればな、とライルは、どこにいるかもわからない彼女に思いを馳せる。
傷口をしばりながら、ふとティルが口を開いた。

「…勝ったのか」

浜辺の諍い以来、話し辛い雰囲気に拍車がかかり、声をかけることも躊躇われていた。
ゆえに、突然話しかけられ、とっさになんと答えればいいかわからない。
ただ一言でいいのに、緊張が妙に鼓動を速めて喉を渇かせる。
唇が薄く開きかけ、言葉を発しようとし、

「よし!こんなもんやな。船帰ったら、ちゃんとベッドも薬もあるさかいに、もーちょい辛抱や。できるな?」
「……ハイ」

一作業終えて顔を覗きこんできたアントニオ船長のほうに答えを返していた。



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作品名:D.o.A. ep.44~57 作家名:har