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コズミックホラードリーム

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コズミックホラードリーム

 深海って行ったことあるか?
 深海って言うと、海面から二〇〇メートルより下の海のことを指すんだが、まあ、普通の人間が行けるところではないな。
 ところがだ、俺は似たようなところに二回ほど行ったことがある。
 正確に言えば深海とは全く違うモノなんだが、深淵と言えば似たようなものだ。
 深淵と言えば、カバラの学者はこれをマサク・マヴディルと呼んだという。落第者の行き着く場所だとか。悪魔学では『進化の終着点』、いわばその生物の到達点が深淵なのだとか。
 一度目のことは覚えていない。ただ、あの時は何故か引き返したんだ。二度目は、つい先ほど。この手帳を書き記している時に見たんだ。
 オフの日の昼下がり、今日は何もしないぞ、と決め込んでリビングのソファの上で眠りこんだんだ。
 その転寝の間、俺は夢を見ていた。最近映画でやってた某SFアニメのことを考えながらうとうととしていたから、そのことが夢に出たんだろう。考察めいた脈絡のない夢で、多分俺がいつもしている空想・妄想を夢の中でもしている感じだろうか。
 ふと、俺は思った。このまま深くもっと深く、心の底の方に潜って行ったらどうなるんだろうか、と。海の底を目指すように、俺は心を無にしていく。何も考えず、光の粒子が上の方に昇って行く。――いや、俺がどんどん底へと潜って行くから、光の粒子が昇って行くように感じたんだ。
 すさまじいスピードで俺は心の奥へと潜って行く。海の底へと飛び上がって行くように、空の上へと落ちて行くように、光は尾を引いて行く。
 そう言えば、前にもこんなことがあった。その時、俺はなんで引き返したんだろうか?
 ――そして、その理由を思い出したのだ。
『――この先は帰れないぞ――』
 何かがそう囁いた。それは俺の生存本能なのか、はたまた何か別の上位の存在であるか、それは分からない。ただ、感じたのは純粋な恐怖だった。
 帰れない。ここから先に行ったら帰れない。そんな強迫観念めいた忠告。
 思わず、その自由落下に俺は抗った。頭上の光へと、手を伸ばす。
 重力が重い。位置エネルギーを振り払えない。それでも帰ろうと、俺は手を伸ばした。
 ――そして、そのまま飛び起きた訳である。
 ただ、それだけの話だ。その後俺は、タイミングよく現れた宅配便のあんちゃんから荷物を受け取り、その箱の中の野菜を冷蔵庫の中に押し込んだりして、この手帳の前に座っている訳である。
 お前らも気をつけろよ、眠っている時、人は何よりも無防備で、何より心が開きやすい状態だ。心の写し鏡たる夢の中なら、真理にまで行きつくのもたやすい話だ。そんな中で、自分の、人の深層心理に潜ろうなんて、廃人になってもおかしくない話じゃないかと思う。
 はてさて、冒頭ではこの夢、深淵のことをマサク・マヴディルだとか進化の終着点だとか言ったが、もし、この夢、深淵の先に人間の終着点があるとしたら、なんとも興味深い話ではないか? 人の心の中に人が更なる高みに進化する方法がある。なんとも詩的な話だ。
 だが、進化は一方通行だ。決して『帰ることはできない』のだ。同時にそれは落者の場所であり、人が人の枠から転がり落ちた時、人はそこに行くのだろう。
 全く心臓に悪い話だ。今もまだ心臓が痛い。
 お前らも気を付けろよ、今回は運よくアラートが鳴ったが、次も鳴るとは限らない。
 三度目の正直、次俺が深層心理の海に辿り着いた時、そのまま帰ってこられるか分からない。だから、気を付けないといけないな。