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悪魔のための死神業

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嗚呼、また。
遊び呆けて終わった一日。
今日こそは、無駄だろうが、
教会へ連れって行ってもらおうと
思っていたのに・・・。


「悪魔」 人の心を迷わし悪の道に誘おうとするもの。
     人の姿に似て二本の角と四つに裂けた足指をもつという。
     悪の象徴で、善の象徴である神に敵対する。


僕は、悪魔取り憑かれたらしい。いや、完璧に取り憑かれた。
母上も父上も姉上も爺様も婆様も、僕から目をそらし、何の対処もしてくれない。近くに寺しかないのは分かっているし、家は代々、神主をやっているということも分かっている。
家族は洋風が嫌いらしいが、爺様の御祓いも効かなかったのだから、教会ぐらい連れて行ってくれてもいいだろ。

彼奴は、丁度一か月前に僕の前に現れた。

僕は、風呂に入っていて水面を見ていた。すると、僕の肩に手が現れたのだ。驚いて後ろや天井を見ても誰もいなかったし、人の手には見えなかったから、怖くなって風呂から上がろうとした。そのとき、見えた。水面に映っている、僕じゃない顔を。
赤い目でこちらを見ていた。僕好みではないが、かなりのイケメンだ。でも、こちらを見ている。 
今までに無い恐怖感だったから、急いで服を着た。後ろに気配を感じる。僕は、思い出した。鏡が、大きな鏡があるという事を。
そして僕は、振り向いてしまった・・・。
僕は気を失った。夢を見た。夢といってもぼんやりしたものではなく、意識ははっきりとしていて、リアルなものだった。
目の前に燕尾服の彼奴がいた。意識ははっきりしているのに体が動かない。
「はじめまして。私は、悪魔をしております『イブリース』と申します。貴女様は『八方神 巫』嬢でよろしかったでしょうか?」
「そうだけど・・・。」
 声は出せたが、助けを呼んでも誰も来ないと言われた。まあ、悪魔と人間な
ら悪魔が勝つに決まっている。
「よろしかったですね。では、お嬢様、これから――」
「ねえ!僕は女じゃないんですけど。なんかの間違いなんじゃないですか?」
「いいえ。貴女様はれっきとした女ですよ。分かっているでしょう?貴女様のその性の隙間から私は、貴女様に取り憑いたのですよ。」
そう、僕は三年前、十四歳の時に「性同一性障害」と診断された。女として
相手にする者は友人でも親でも嫌った。もちろん、悪魔も。酷いときには、あまりのストレスで、気を失うこともあった。
 彼奴は、そこから入ってきたらしい。言い様によっては、変態だ。
「じゃあ、せめてお嬢様はやめてくれませんか。じゃないと君の用がこの耳で聞けなくなりますよ。」
「馬鹿ではなさそうですので、お尋ねします。私と契約をしてくださいませんか。決して強制ではありませんが、今、お決めになってください。」
「契約?嫌です。」
「お早いですね。理由がおありなら、教えてくださいませんか?」
「悪魔と契約したら、その悪魔に魂をあげなくてはならない。そう本に書いていました。」
「頭が良いですね。しかし、どちらにせよ、貴女様には不幸が訪れます。なぜなら、私と出会ってしまいましたので・・・。」
「おい、待て!」
彼奴はそう言い残して、消えた。

 その日のことはこの会話しか覚えていない。目が覚めたのは、次の日の自分の寝床の中。どうやらあの後は、自分で部屋に戻ってきたらしい。
 そしてもう一つ。
 どうして取り憑かれたのがわかるかという事だが、朝起きて僕はまず顔を洗うのだが・・・。
 鏡を見て分かった。
 目尻から、黒い刺青のようなものが鋳薔薇のように、涙のようについていた。顔を拭いても取れないし、化粧落としで洗っても取れない。
 僕は、その日から引きこもりになった。こんなものを人には見せたくないし、できれば家族にも見せたくなかった。
 刺青と言っているが、これは日に日に広がっていく。
 そして、今に至っている。明日の朝には、つま先につくだろう。嫌な予感しかしなかった。どん底まっしぐらだ。

〈おはよう!巫!おはよう!巫!あれ・・・。死んでる・・・。〉
 いつものウザイ目覚まし時計、
「よかった。いつもの朝だ。」

 でも・・・。何か違う・・・。
「巫!巫!お父さま!お母さま!巫が・・・。」
 目覚まし時計じゃない、姉上の声。どういう事だ。僕は、ちゃんと起きていて、姉上の隣で僕を見ていた・・・?
 そうだ、なぜ。僕は僕を見ている?
「そういう事か・・・。」
僕は死んだんだ。
「イブリースが僕を殺したんだ。」
「ご名答!さすがでございます。ご主人様。」
「お前!イブリース!」
 隣にイブリースが立っていた。こちらではなく、僕の遺体を見ていた。
「さすが、ご主人様。死に様もご立派でございますね。朝日に照らされ、小鳥
 のさえずりで送られて逝くのですね。何とも美しい。しかし、貴女様にはあまり似合ってはおりませんね・・・。」
「お前か。僕を殺したのは?」
「先ほどもおっしゃったではありませんか。正解でございますと。」
信じられない。〈死ぬ〉という事がこんなに、あっさりしているものだという
事が。
「なぜ・・・。なぜ、僕は、死ななければならなかったんだ?」
 すると、イブリースがいきなり僕の首をつかみ、持ち上げた。
 くるしい・・・。
もがいてもびくともしない。僕はただの人間。あっちは悪魔。力の差は天と地ほどの差がある。いくら死んでいるとしても、かなりの苦痛だ。
「いい加減、死を受け入れましょう。貴女様には、仕事がございます。では、失礼いたします。こう見えて、私、ドSですので。」
 一気に力が入った。首の骨が折れたら、どうするつもりだ。
「かはっ・・・。」
「おやすみなさいませ。」


 僕はたぶん、意識を失って、眠っていた。

 その間、夢を見た。怖い夢だった。今までの恐怖が一気に押し寄せてきたよ
うで。
 僕には、弟と妹が一人ずついた。でも二人とも死んだ。原因は虐待による、
失血死。今の母上とは血がつながっていない。本当の母上は、自殺した。僕が
七歳で弟が二歳、妹は生まれたばかりだった。前の母上は、包丁で僕たち兄弟
を刺して近くの川に身を投げた。家には僕たちしかいなかった。小さかった弟
たちは、即死だった。助かったのは僕と姉上だった。
 場面が変わり。
 目の前には、叔父が立っていた。大好きだったのに。僕が「性同一性障害」
だと診断されたとき、叔父はこんなセリフを吐いた。
「オカマじゃねーかよ!ああ、でも障害者を犯したっていうのは、ネットに載せりゃあ金になるか・・・。」
思い出したくもない。あの情景。最悪だった。僕は、まだ十一歳だったのに
奴隷並みだった。ネットに載せられている動画や画像はいまだに残っている。
変なパスワードでも付けたのだろう。
 叔父が消え。
一年前に死んだ僕の恋人が出てきた。遠くに、どんどん遠くに離れて行ってしまう。恋だけは、普通にしていた。彼氏の名前は「神狐神 稲荷」。おとなしかったが、僕のことをよくわかってくれた。僕と同じ、神主の家系だ。
でも、ある日突然、彼が家に閉じこもり、僕の用に死んでいった。遺族には「あんたが、稲荷の事をふったからよ。」
と、葬式にもお墓にも、行かせてはくれなかった。
 場面が真っ暗になり目が覚めた。
作品名:悪魔のための死神業 作家名:紅 若菜