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三ツ葉亮佑
三ツ葉亮佑
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ダンジョンインフラ! 序章〜第一章

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ダンジョンインフラ!


序章

「……私を捨てて……お願い……」
 時代錯誤な台詞を無視して、俺は歩を進めた。
 既に彼女は限界だった。右肩の肉はえぐれていてもう刀は振るえない。踏み込みの要である左足も紫色に染まり、倍の大きさに晴れ上がっていた。折れているのだろう。
「いいから黙っていて下さい。乳揉みますよ?」
 と、無駄口を叩く俺も限界だった。彼女よりも浅いが、脇腹の切り傷が意識を削いでゆく。
 もう何度目だろうか。無駄だと解っていても、やはり縋りたいのだろう。陣構築基礎魔数式を詠唱して、転移魔術式を目の前で展開した。
 青い光が円を作り、幾重にも重なって魔方陣を描く。丙型一式転移魔術の中で最も安全で確実な<直接座標指定転送魔術>。念ずるのではなく口に出して、地上の転送陣の座標を術式に正確に代入する。術式に要素が吹き込まれ、魔術が展開。複雑怪奇な魔数式関数が円陣の回りをぐるぐると回り、加速。それに伴って青白い光が強さを増す。
 今度こそいけるか?
 と、思った矢先。
 蛇のようにうねる魔数式関数の術式が、ピタリと止まった。変数にやはりノイズである魔虚数が介入し、演算が中断されてしまう。円陣がガタガタと揺れたかと思うと、魔方陣はバリンとガラスのような音を立てて割れて粉々になり、青い光の粉となってハラハラと舞い散って消えていった。
「クソッタレ! どうなってるんだ!」
「ジン君。もういいんだよ……私を置いて行って……一人なら帰れるよ」
 あぁもう、貴方はこういう時に。
「自殺するつもりなら別の時にやってください。とにかく一緒に出るんです」
 というと、金髪の美女は耳元でフフっと笑う。
「……君は冷たいな……励ますにしても……もう少し気の利いた事言えないの?」
 力無さげの声に、俺の不安と苛立ちが加速していった。
 転送術を間引かれれば、俺はこんなにも無力なのか。
 天才とか日常的に言っていたくせに、このザマだ。
 他の術式もやはり勉強すれば良かったと今後悔した。散々姉ちゃんから言われていた事なのに、土壇場で、それも命に関わる時にやっと理解できるとは。
 皆の言う通り、俺はやっぱりバカなのかもしれない。認めたく無いけど。
 それにしても魔虚数のノイズは変だ。こんな濃度は見た事が無い。
 もしかしたらフロア一帯を埋め尽くしているのではないかと思うと、絶望的になった。
 それでも、少しでも魔虚数の濃度が低い所へ。
 そして『巡回者』の現れない場所へ行かなくては。
 次にヤツに出会ったらもうおしまいだ。
 魔圧式接近警報機の電池はあるものの、信用はできないだろう。魔圧式接近警報機は基本構造が転送術が根幹となっている為、この魔虚数空間ではクソの役にも立たない。今時ビーコンから魔圧を拾って、反応を転送するなんて古い構造でやるからこうなるんだ。確かに確実だが、不測の事態……そう、こういう前例のない事には本当に弱い。
 ただこんな文句を社長に言っても、
「魔圧式接近警報機はあくまで安全補助手段だ。過信してはいけないのだよ。だからこれを信じて事故を起こしても労災降りないからね☆」
 とか言うに決まっている。
 そのクセ、警報機のスイッチを入れていないと安全じゃないだの何だのとクッソ煩い。加えてビーコンがところどころ壊れているから役に立たない所だってあるくせに、責任を取らないとかふざけた話だ。
 グチグチと不満を漏らしているのが聞こえたのか、背中の彼女はまたフフッと笑った。
「こんな時にも……君は難しい事を考えているんだね……この職業向いているんじゃないかな……?」
 んなわけあっかこの乳女。
 揉むぞ?
 揉みしだくぞ?
 そんな力はもう残ってないけど。
「いーえ、向いてません。こんな肉体労働は頭脳派の俺には無縁なもので」
「そっか……もし出られたら……もうこのバイトやめる……?」
「やめます。そんで晴れて自由の身になった俺は貴方とデートします。ここで稼いだお金でパフェでもなんでもおごってあげますから、意識をしっかり持ってて下さいね」
「私は……ピザ食べたい……」
「ピザでもなんでもいいんで、諦めないで下さいね? 背中で死なれたら寝覚めが悪いんで」
「本当に……君は……」
 と、言いかけたとき。

 カチリ。

 不意に、背中で鯉口の切る音。
 その意味をすぐに悟り、俺は拳銃のホルスターに手をかける。
 前方十数メートル先の迷宮の壁が、飴細工のようにぐにゃりと変形した。続いて中央に黒い穴が開き、そこからにゅっと出てくるのは黒い人間の腕の一対。手のひらがパッと開くと、中央には真っ赤な目玉があった。
 ぎょろぎょろと周囲を見渡し、俺達を見つけるとカッと見開く手の中の目。それが引き金になったのか、暗黒の穴がブワッと広がり、突き出すように無数の腕が生えて来た。
 最初の腕と同じく、手のひらの中には赤い目玉。わらわらと不気味に動く触手のような腕が、ゆっくりと俺たちに近づいて来る。
 高濃度の魔虚数空間の中でも魔数式関数を強引に演算させ、ノイズを押しつぶして転移魔術式を展開する巡回者。その無尽蔵な演算能力と魔圧に見入られた魔術師は数多くいると言われるけれども……なるほど、こう見ると納得する。
 死んだ親父がハマるわけだ。
 さて、そんな事を考えていると背中のケガ人はもう一度戦うべく、愛刀を鞘から抜いた。
 このまま背中から下ろせば、最後の力を振り絞ってこの人は向かって行くだろう。
 ただその無意味な突撃は、ただただ罪滅ぼしをしたいだけだ。
 こんなのは天才的バカの俺でも、ちゃんと察する事ができる。
 この間にこの人を捨てて逃げれば、少なからず生き残れるチャンスは訪れるかもしれない。むしろ彼女はそれを願っている。
 ただそんな事は今の俺にはできない。
 そんなもったいない事、できるわけがないだろう。
 気づいた時には、俺はアヤさんをおぶったまま、回れ右をして走り出した。
 自分でも驚くぐらいの爆走。ホルスターから拳銃を抜き、撃鉄を起こし、でたらめではあるが後ろの巡回者へ牽制の銃撃までやってのけた。
 脇腹から血がどくどく流れ出る。
 アヤさんは必死になって降ろしてと言うが、そんな言葉は聞き入れられません。
 意識が白んで来たが、俺はとにかく必死に走り続け、マガジンを交換して、後ろへ銃撃を放って、また走った。
 背後からはこの世のものとは思えない金切声を上げて俺たちを追う巡回者。
 ヤツの追跡範囲は決まっている。そこから逃れられればなんとか持ちこたえられるはずなのだ。
 不意にふわっと体が浮いたと思ったら、激しく地面に叩き付けられた。走っている時に一瞬だけ気を失ってしまい、体制を崩して転んでしまったのだ。
 起き上がってすぐに拳銃を向けると、巡回者との彼我は十メートルを切っていた。
 どうする。
 あの黒い腕に捕まったら最後、あっという間に体を構成するタンパク質を魔数式関数の術式に変換され、あのどす黒い体内に取り込まれてしまう。
 背後を見ると、そこは転移室だった。いつのまにかぐるっと一周して戻って来てしまったらしい。袋小路で最早逃げる場所も無かった。