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ジャッカル21

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ズヴェルコフは、キーを打ちながら、ふと不安に駆られて部屋を見回した。特に確かめるように、首を真後ろにねじって背後のドアを見た。重くて頑丈な木のドアだ。ドアの向かい側、彼の正面に締め切った引き戸がある。部屋の中央、やや右寄りにすえつけてある大きなスチール机に向かって、彼はさっきから夢中で文書を作成している。右手にはベッドルームが二つある。窓側のベッドルームで彼は眠る。廊下側のベッドルームは物置になっている。八か月前までは母親のマリンスカヤがいた。今は日本の札幌にいる。左手には台所と風呂場とトイレがある。モスクワでは平均的なフラットだった。事実上無料の官舎は年長者でふさがっており、待っている者が多数いた。同僚のほとんども官舎には入れないが、多くが家族持ちで、郊外の一戸建てに住んでいる。彼には贅沢がいえない特別な事情があった。
(……今回の依頼主はロシア政府と思われる。政府のどのレベルが依頼したかは分からない。少なくとも外務省の局レベル以上、政府中枢に極めて近いレベルの依頼だろう。ことが緊急を要する以上、裏づけを取るひまがなかった。正直に言えばそれはひまのあるなしに関係なく不可能だったろう。しかし、情報源は、外務省内の現役高官である。当人は忠誠心の厚い優秀な官僚だ。情報が漏れたことに気づいていない。私は、ある個人的な事情から、情報の信憑性についていささかの疑いも持っていない……)
ズヴェルコフは、さっき追い出した女を思い出していた。ワルワラ・ボクロフスキーだ。彼の上司である外務省次官補の妻だ。外務省次官補は、ズヴェルコフのモスクワ大学の先輩であり、極東局の先輩でもあった。歳は五十台半ばで、彼より一回り以上年長だが、友達のように付き合ってくれていた。ボクロフスキーがまだ閑職にあった頃は、夫妻と彼と三人連れ立ってよく遊びに行ったものだった。もうそういうことはなくなった。ボクロフスキーが昇進して急に忙しくなったせいもあるが、そうするのが危険でもあるからだ。     
ワルワラとズヴェルコフとの関係が始まってから半年になる。夫は二人がそんなことになっているなぞ一瞬でも想像したことはないはずだった。人がよくて猜疑心がないのだ。ズヴェルコフは役所でボクロフスキーと顔を合わすたびに良心の呵責に苦しんだ。離れられないわけのある自分とワルワラの関係を呪った。
作品名:ジャッカル21 作家名:安西光彦