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狂い咲き乙女ロード ラストダンス

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放課後。人気の少なくなった校舎内のとある教室にて、一人の女子生徒が窓辺に佇んでいた。強い西日が差し込む教室は、穏やかな橙色に染まっていた。女子生徒は何をするでもなく、ただ夕日の傾いた校庭をぼんやりと眺めていた。彼女の憂鬱の種は、所属する部活の内紛についてであった。彼女、立花由利恵が率いるミニコミ部の。
 その時窓から吹き込んだ北風に、由利恵は思わず身を強張らせた。ブレザーの下にセーターを着込んでいても、この冬の寒さは身に堪えた。西日の眩しさに目を細めつつ窓を閉める。僅かに移った自分の顔を眺めつつ、彼女はかつての親友の名を呟いた。
「裕子…」
 袂を分かったことを今になって後悔することになるとは、由利恵自身想像出来なかった。
 ミニコミ部の内部分裂、そしてそれに伴う内紛は現在も続いていた。百合・少女愛趣味を掲げる百合派、ボーイズラブを掲げる薔薇派。二つの勢力は大っぴらに抗争することはないものの、水面下で対立は続いていた。互いの機関紙・ビラの発行や掲示の妨害などが日常茶飯事のように行われていた。
 由利恵はそのような妨害工作などを好まなかったが、裕子に対する復讐心から黙認を続けていた。しかし彼女が薔薇派による襲撃を受けたことから事態は激化した。百合派の中でも過激な思想を持つ坂本冬美が台頭し始めたのだ。危惧していた武力闘争の兆しに由利恵は苦悩の日々を送っていた。
 こんな時裕子ならどうするのだろう、そんな風に由利恵は思った。彼女自身が担ぎ出されることは多々あるものの、人の上に立って団体を切り盛りするというのは苦手だった。由利恵の持つある種のカリスマ性によって部員たちが集まってきてはいたが、統率や実務において裕子の存在は大きなものだった。由利恵にとって裕子はかけがえの無い親友でありよきパートナーだった。しかし彼女たちは別れてしまった。
 はっきりと拒絶された。触れたその手を払い除けられた感覚を、由利恵は未だにはっきりと覚えている。切実なまでに求めた末の拒絶は、彼女の心に大きな傷となって残っていた。
 一年前のこの時期は、よく二人で最終下校時間ギリギリまで話しこんだものだった。窓際に机と椅子を寄せて、二人の少女は色々なことを語り合った。そういった交流の中で、由利恵は裕子に恋をしてしまった。好きな漫画などについて話す時、分厚い眼鏡のレンズの向こうに輝く裕子の瞳が大好きだった。初めて心を許した存在を失ってから、由利恵は確かに変わった。
 自らをカリスマとして君臨することを覚えた。冷笑すること、他人を煙に撒く術を身につけ、彼女は百合の女王へと変貌を遂げた。
 それでもまだ、彼女は忘れられずにいた。一人の少女だった頃、たった一人求めた少女の存在を。
裕子が武と決別することになる一件の少し前の話。由利恵もまた大きな渦に飲み込まれていく。






 なんだか悪い夢を見ていたはずだった。ただ見ていたということだけがはっきりとしているだけで、具体的にどんな夢だったのかは思い出せない。そんな日がこのところ続いていた。掛け布団と毛布を掃ってベッドから身体を起こす。枕元の時計を見ると時刻は午前七時。目覚ましまでがなるまでには三十分近くあった。
 何故僕はこうして平然と生きているのだろう。二人もの人間を壊したにも関わらず、夜は眠り、朝になれば目覚める。生活のサイクルに多少のノイズが混じることがあっても、それでもペースは崩れない。
 二度寝するには時間が足りない。仕方ないか。観念して目覚めることにした。ゆっくりと支度をして朝食を摂り終える頃には、ちょうどよい時間になっていた。僕以外の人間が存在しない家にいってきますを告げ、学校へと向かった。いつからだろう。僕を見送る人がいなくなったのは。空っぽの家は答えてくれるはずもなかった。
 学校に到着してみると、まだ八時を少し過ぎた程だった。この時間ではまだクラスメイトは殆ど登校してきてはいない。まぁいいか。早起きした分は寝て取り戻せばいい。着席したら即寝だな、などと考えながら靴を履き替え教室へと急いだ。
 僕のクラスは一般棟二階、文化棟とを繋ぐ渡り廊下のすぐ近くである。他のクラスにも、僕と同じように早めに登校した生徒たちの姿がちらほら確認できた。そして目指す教室に着いて勢いよくドアを開けて――その瞬間、見たことのない女子生徒がぽつんと座っているのが目に入った。金髪のショートカットが一際目を引いた。ぱっと見ではあるが、ボーイッシュな感じの印象を受けた。
クラス間違えたかな。
 ひとまずドアを閉めた。頭上のクラスプレートを確認してみる。うむ。確かにここが二年一組だ。クラスを間違えた訳ではないようだ。
だったらアレか? 極度の眼精疲労による錯覚か? 試しに自分の左手を眺めてみたが、指はきちんと五本に見える。ふむ。目は正常、と。
 しかし彼女は一体何者なのだろうか。知った顔でないのは確かだった。だったらさすがに金髪にしてきても多分わかる。高校デビューには遅すぎるこの時期。さすがにそれはないだろうなぁ。あー、もしかしたら転入生かも知れない。だったら恐れる必要はないや。そう悟ってドアを開くと、彼女が眼前に立っていた。
「おはよう」
「…………おはよう」
 驚愕と誰ですか貴女、という台詞を飲み込んで、尋常な挨拶を返せる僕に誰か拍手を。観客ゼロのこの状況では無理か。僕が挨拶を返したのに満足したのか、彼女はにっこりと微笑んで、確かにこう言った。

「久しぶりだね、本山田くん」

久しぶりって言われても…って! まさかその声――――
「き、君は…さ、佐藤千秋……なのか?」
 声が震える。
背中を嫌な汗が伝う。
間違いであっては欲しい。だが、
「そうだよ」
 彼女ではない彼は、そう短く答えて再び微笑んだ。
何故今更僕の前に現れるんだ? それもこんな女の子みたいな格好で。
千秋の今の姿は完璧に女子高生そのものだった。女子の制服を身に纏い、短めのスカートに黒のハイソックス。さらには元々女の子のような顔が、化粧によってより女の子らしく仕上げられていた。
 完全武装。そんな言葉が意味も無く頭をよぎった。
 思わず一歩後ずさりしてしまった。少しでも距離を取らなければならない。これは動物としての僕の本能がそう言ってる。こいつに近寄っちゃ、関わっちゃ駄目だ。
 逃げよう。
 そう決心して、ちらっと千秋の様子を伺った。普段の体力・体格差を考慮すれば絶対逃げ切れる、そう踏んだ。さぁ、もう半歩下がれ。そして背を向けて走り出すんだ。決して振り返ることなく、全力で。そこまで理解して、もう一度千秋の顔を見やったその瞬間、
「にゅふっ」
 確かに千秋は、そんな風に微笑った。そしてその直後避けようの無い強烈なぶちかましが僕に炸裂した。
「なっっっっっ!!!」
「たーけーしーくーん!!!!!!」
 そのままに廊下に押し倒される。受身を取る余裕などは皆無。ダイレクトに床に背中を強打。
「!」
 苦悶の声を上げたかったが、僕の口は千秋の唇によって塞がれてしまった。
「ん、ん、んー、っはぁ」
「ぬぬぬぬぬぬ、だっはっあー!!! 何すんだこの」