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京都七景【第七章】

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「で、いくつあったの?」
「数え方によりますけど、というのはカタカナ書きだから、フランス語か英語か区別できない単語もあるんです。最大で三十二語、だいたい三十語ってところかな。一応リストは作っておきましたけどね」
「あら、思った以上に立派な理由だわ。わたし感心しちゃった」
「なんだか俄かには喜べないようなもの言いですね」
「気を悪くしたらごめんなさいね。でもそれって、もしかしたら素晴らしい研究の糸口になるかもしれないわ。その後の展望は何か考えてる?」
「いえ、今のところは全く」
「うーん、もったいないわね。でも、理由を教えてくださってありがとう。心が落ち着いたどころか、なんだか得して、うれしくなっちゃった。ありがとう」
「どういたしまして。ところで、そろそろお墓に着きましたよ」

 ぼくたちは、話しているうちに中段の広い平らな道を進んでいた。その真ん中あたりに坂本竜馬と中岡新太郎の墓が隣り合わせに立っている。

 墓には、すでに花が活けられ香が立ち、セーラー服の女子高生が一人、祈りを奉げていた。すぐに、ぼくたちに気づくと場所を空けてくれた。

 龍馬さまは現代でも若い女性にもてていた。ぼくはその女子高生のはつらつとした後ろ姿に見とれながら、内心は穏やかならざるものがあったね。ま、それはともかく、女子高生から目を移すと、すでに彼女は、花を活け終わって龍馬様の墓前で一心に手を合わせている。おいそれとは声をかけられない雰囲気である。彼女の後ろには眼下に京都市街が広がっている。ぼくはしかたなく市街を一望した。市街は折からの太陽に春の海のように、きらきらと輝き、その波の合間に柳の葉の緑が流れている。

「わあ、すてき。ここから市街が見渡せるなんて。龍馬様もここに立って市街を見下ろしたことがあったかしら」
「それは無いでしょう」
「あら、ずいぶんとはっきりしたもの言いね。どうしてかしら、こんなにすてきな場所なのに」
「なるほど、志半ばに倒れた同志の墓に花を手向けて復讐を誓うのが人の世の情というものでしょう。だから墓には参りたい。ところが、幕吏にとってはそこが付け目になる。だって、こちらでわざわざ探さなくても自分からやって来るんだから。そんな絶好の機会を幕吏が見逃すわけがない。手ぐすね引いて待ってるに決まっている。そんな危険な場所に、龍馬様ともあろう人がのこのこ出かけていくはずはない。ま、おそらく死ぬまでここに来たことはなかったんじゃないかな」
「まあ、筋が通っていて説得力があるのね」
「なんかうれしくないなー、その感心の仕方。でも、まあ、いいや。そんなことより、お参りはもういいんですか?」
「あ、ええ、ええ、もういいの、修論がうまくいきますようにって、しっかり頼んじゃったから。本当にどうもありがとう。じゃ、次、行きましょうか?」
「えっ、次って?」
「ごめんなさいね。どうしてもまわりたいところがあと二つあるの。付き合ってくださる?」

「ええっ? まだあるの?」唐突に大山が話に切り込んだ。

「うん。ここまでが序盤で、これからがいよいよ本編さ」と神岡は涼しい顔で受け流す。

「おい、少し長くないか。これじゃあ、全員が話終わるまでに送り火が消えちまうぜ」と堀井が援護の二番太刀を切り込んだ。

「いったいどことどこを回ったら終わるんだい」と、これは私が脇から助太刀をする。さすが。

「うむ、南禅寺と法然院だが」と、神岡はあくまで正眼の構えを崩さない。

「なるほど、風情のある場所ではある。が、成就しなかった恋にかけるには時間がかかりすぎるな」と大山が再び突きの構えをとる。

「まてまて、この話、俺に預からせてくれ。いい考えを思いついたよ」さっきから黙っていた露野が仲裁に入った。みんなは一斉に露野の顔を見た。

「神岡の言った場所を聞いて思いついたんだが、俺の考えを言ってもいいかい」

「もちろんさ」
「おお、そうとも」
「たのむぜ」
「で、その考えとは?」
「実は、頭の中で場所をつないでみると、どうやら一筆書きができそうな気がする。東山安井のバス停前から霊山護国神社の坂本竜馬の墓までは一本道だろう。もどって来て二年坂を右に進めば三条通りに突き当たる。三条通りを右に蹴上げまで進んで、蹴上発電所前のインクラインの軌道跡を上って公園に入る。そこから疎水沿いに南禅院まで行く。南禅院脇の石段を下って、水路閣の下をくぐる。そこを右に廻れば南禅寺の入り口だ。それから法然院だが法然院は南禅寺と銀閣寺をつなぐ哲学の道の途中だろう。どうだい。ここまで一筆書きで来られたじゃないか」

「そりゃ、そうだろうけど、俺には、いったいおまえが何を言いたいのか、ちっとも見当がつかん」と堀井が突き放しにかかる。

「まあ、まあ、そう急かすなよ。露野はめったに意見を出さないが、出せば、天馬空を行くがごとく発想がのびやかでとっても面白い。まあ、空を行き過ぎて手綱を引き絞れないところにやや難はあるが、視点の新しさには目を瞠るものがある。な、な、だから聞くだけ聞いてみようぜ。露野君、お願いします」と、大山が熱っぽく露野を促した。

「いや、そう言われると、大した話じゃないだけに逆に言いにくくなるが、でも、まあ、自分から言い出したことだし、最後まで言わせてもらうよ。面白いかどうかは聞いた後で判断してくれ」
「おお、おお、それがいい」

ということで、露野は話し始めた。それによると、
露野は神岡の話を聞いているうちに、貴重な今夜の時間が神岡だけの話に終わってしまいそうな悪い予感に襲われ、やはり皆に失恋話をしてもらい送り火で供養して、今夜を意味あるものにすることこそ、人生に意味を求めんとする一哲学徒の使命と感じ、されば、どうすればいいかと考えながら、神岡の話に出て来る場所を何の気なしにつないで行くと一筆書きになることに気づいた。そうか、話のルールを決めればいいのだ、さすれば、皆が順番に話せるではないか。そう思いつくとルールがすらすらと頭に浮かんできたから不思議である。以下が露野の頭に浮かんだルールである。

ルール一 話の出発点を東山安井とし、終着点を東山安井とする。つまりわれわれの話は東山安井から東山安井までの一つの円環を閉じることにより、一つの形式的まとまりをもつことになる。

ルール二 話は場所を優先とし、必ず一筆書きになるようにする。ただし、結果としてつながればよいので、進む方向は逆回りでもよい。(例…「東山安井→龍馬の墓」と「龍馬の墓→東山安井」は同じ扱いとする。

ルール三 ある話と次の話は場所がつながっていなくてもよいが、順番が後になる者ほど、つながっていない場所と場所をうまくつなぐ話をしなければならない。

ルール四 場所をつなぐことを優先させたため、自分に失恋話が見当たらない者は、友人、家人、知り合い、場合によっては目撃した見知らぬ他人等の失恋話に代えることができる。また、もし失恋話がない場合は、成就しなかった、あるいは現在進行中の成就していない恋愛話に代えてもよい。

「えー、こんなの無理だよ」
「到底不可能」
「ま、僕ならありうるけど」
作品名:京都七景【第七章】 作家名:折口学