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東奔西走メッセンジャーズ 第二話

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 高校生……位かな。
「申し訳ありません、俺がぼーっと歩いていたせいで……」
「いえ、私も寝起きでぼーっとしてましたし、怪我もありませんので、お気になさらず」
 礼儀正しい、しっかりした受け答えする子だな。
「それでは、私は急いでいますので、これで失礼します」
「……あ、俺は此処の203号室に今度入居します沢谷って言います。何かお持ち物で破損等ありましたら、お手数ですがご連絡下さい、出来る限りの事はしますので」
「ご丁寧にどうも。私、205号室の根津です、それでは」
 階段を少し急いだ感じに下りて行く小柄な後姿を見送る。
 205って確か2LDKの方だったな……俺みたいな独身者への支給部屋ではなく、一般入居者の部屋だったか。
 家族の人数次第ではあるが、一家で過ごせない広さでもない。
 あんな子が居る家族なら、そう悪い事も無いだろう、礼儀正しそうな隣人で助かる。
 あ、いかんいかん、ぼーっとしてる暇は無かった。
「電気とガスの契約は済んでたよな……確か」
 お湯さえ出てくれれば、汗と埃と眠気は落とせる。
 そう思いながらドアの前に立ち、鍵を差し込む。
 どうも、初めての家ってのは、この鍵がちゃんと開くかどうかが、どうしても不安だ……俺だけか?
 そんな迷信じみた俺の想念をせせら笑うように、鍵は至極スムーズに開き、部屋は快く俺を迎え入れてくれた。
 一度は入居案内で訪れてはいるが、今日から俺の部屋かと思うと、感慨もひとしお。
 まだまだガランとした部屋はどこか余所余所しいような、だが荷物が無い事で広々とした、至極自由な空間のような印象を併せて受ける。
 今度はあんまり本を入れないようにしないとなぁ……。
 今回の転居に際し、泣く泣く処分してきた本の数々を思うと、1年後はどうなるか判らないこの部屋に、あの調子で本を買い込む訳にはいかない。
 その意味では図書館か漫画喫茶か、どっちか確保しておかねばならないが、どうも昨日の調子では漫画喫茶の方は期待薄ではある。
 これを機に、少し物欲を抑える生活に……とか考えていても、多分無理だろうな。
 折角、多少の本ではビクともしない位、しっかりした造りなのに勿体無い。
 入居歴的には、俺が3人目だという話だが、フローリングに使われている床材も、傷こそあるが、安い材料にありがちな表面の剥げ等も無い。
「とはいえ……フローリングといえば聞こえは良いが寝るのに辛いんだよな」
 今までは畳部屋だったから布団でも良かったが、何度か友人宅でフローリングの上に長座布団で雑魚寝した経験からすると、早急にその辺を何とかしないと身が保たない。
 それなりのカーペットでも敷くか、ソファベッドでも入れるか。
 ベッド入れると、転居時に余計に業者頼まないといけないから、面倒っちゃ面倒なんだが、毎日の睡眠の快適さは比較にならないし……。
 その時、腕時計のアラームが微かに鳴った。
 7時か……まぁ余裕は有るけど、初日からギリギリで出社って訳にも行かないし、さっさとシャワーだけ浴びて会社に行こう。
 
2

「おはようございます」
 7時30分に出社した俺を出迎えてくれたのは、コーヒーの良い香りであった。
「お、早いわね、感心感心」
「に゛ー」
 ソファに腰掛けてモーニングコーヒーを楽しんでいた先輩が、小さな白いカップを掲げる。
「コーヒー飲む?フレンチプレスなんだけどそれで良ければ」
「確か濃い奴ですよね、頂きます」
「ん、ちょっと待ってね」
 ひょいと先輩は給湯室に歩いていってしまったが、流石に新人がソファに座って待っているという訳にも行かないよな……社会人的には。
 かといって、自分も給湯室に着いて行くのも妙なものだし。
「……猫は良いよな、人間界の微妙な力関係とか立場とか関係なくて」
 ソファ一人分の面積を丸々占拠して、メタボ猫が丸くなっている。
 ……何時見てもふんぞり返っているようにしか見えない。
 良し悪しの問題では無いが、この店のオーナーって、野本さんよりこの化け猫の方がそれっぽく見えるのは間違いない。
「な゛ー」
 勝手な事を言ってやがる、とでも言いたげな鳴き声を上げて、野良は再度丸くなった。
「ま、猫には猫の苦労があるよな……」
 人にもそれぞれの苦労があるように、猫にもそれぞれの苦労がある……筈だ、多分。
「他人の苦労を忖度できるのは美徳だけど、あんまり苦労してないわよ、そのニート猫」
「ふなー!」
「怒る前に食事代分位働きなさいよ、どっかの駅長や城に住んでる猫みたいに働けとは言わないから」
「……」
 痛いところを突かれたのか、野良は無言でこちらに背中を見せた。
「やれやれ、都合が悪くなるとこれよ……はい、コーヒー」
 先輩が苦笑しつつ、カップを机の上に置く。
「あ、頂きます」
「別に立って待ってなくても良かったのに……と言っても、中々そうは行かないか」
 そう呟きながら、先輩はソファに腰を下ろして、自分の分のコーヒーを口にした。
「君も掛けて、今日の予定の話をするから」
「はい」
 自分にとって未知とも言える自転車を使った商売の研修。
 不安も有るが、それ以上に何をするのか興味深い。
 腰を下ろし、コーヒーを口にする。
 普段飲みつけているそれとは違い、豆の味を強く感じる。
 確かに美味いけど、豆腐の木綿と絹の違いみたいだな……どちらが勝るという物でも無い気がする。
「さて……研修なんだけど」
 そこで、言葉を切ってカップを置いた先輩の表情はかなり真面目な物だった。
 仕事に入るとプロの顔になるという事だろうか、固唾を飲んで俺は次の言葉を待った。
「夕方4時まで何しよっか?何かやりたい事ある?」
 ……はい?
 一瞬、頭が真っ白になった。
「……あの」
「何?」
「研修メニューとかは?」
「有るわよ」
「じゃ、それを……」
「うん、だから今日は4時まで一日フリーで街中をぶらつく予定なの、何かやりたい事無い?」
 どうやら冗談で言っている訳では無さそうだ。
「何でも良いんですか?」
「自転車使う事なら何でも良いわよ、ベロタクシー乗る?」
「いや、流石にそいつは……」
「そうね、お楽しみは後に取っておきましょうか」
 ……いや、そういう意味じゃないんだけど。 
「えーと、本当に何でも良いんですか?」


 洋服のお店なら丁度良い距離に一軒有るわね。
 という先輩の言葉に騙されて、俺は50分ほど走った辺りで悲鳴交じりに休憩を申し出た。
「ほいほい、正直もう少し早いうちに音を上げると思ってたわ。この辺だと……そうね、もうちょっと先に良い場所があるから、そこまで頑張って」
「ふえーい……」
 そ、そろそろ限界なんだけど……頑張る。
 そこから5分程度走った先に、閉店してまだ再利用が始まっていない郊外型の大型ショッピングセンターの跡地が見えてきた。
「ここですか〜」
「ここですよー」
 停車すると、汗と共になんともいえない気だるさまで吹き出してくるように感じる。
 この調子だと、明日辺り足の筋肉痛が怖いな。
「まぁ、時々逆風が吹いてる中、結構なペースで走ってきた割には頑張って着いて来たよね、離れたらペース落とす心算だったけど、落とさずに済んだし」