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ネコマタの居る生活 第一話

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ネコマタの居る生活

プロローグ

 心地よい風が寝室に春の息吹を吹き込む。
 風に揺れるカーテンが立てるさやさやという音に、透の意識が僅かに覚醒した。
 あれ……変だな、僕は窓を閉めて寝たはずなんだけど。
 でも、少し暖かい風が心地よい。
 冬の、布団に魂を吸い取られるような心地よさではない、外に誘われるような……そんな心が浮き立つような心地よさ。
 でも、昨晩も遅くまで仕事をしていた体は、この心地よさに負けて、再度目蓋を閉ざそうとする。
 ふにふに。
 その頬を何かがつついた。
 ひんやりしてぷにぷにした心地よい何かの柔らかい感触。
 ……くすぐったいな。
 透は軽くその何かを払って、体を横に向けて少し丸くなった。
 ぺしぺし。
 同じものが、今度は少し強めに彼の頬を叩く。
 叩くと言っても、可愛らしい程度の物である……再度、そのくすぐったい何かを払って、透は猫のように顔をこすって目を閉じた。
「とーる殿、とーる殿……起きよ、起きねば会社に遅れるぞ」
「うーん……僕はフレックスだからもうちょっと大丈夫」
 誰に返事をしてるんだ……僕は。
 と言うか、随分可愛い声だな。
 可愛い声?
 って、女の子っ!
 瞬時に意識が覚醒し、透の体が跳ね起きた。
 ぶんぶんと首を振って、周囲を確認する。
 ……居ない。
 っていうか、居るわけ無いよな。
「幻聴か……そんなに女の子に飢えてる心算は無いんだけどなぁ」
 ぽりぽりと乱れた長めの髪の毛を引っ掻き回す。
 ま、いいや……起きよう。
 起きて緑茶でも啜れば、少しはこのボケた頭もすっきりするだろう。
 そんなことを思いながら、ベッドの下に揃えてあるスリッパを求めて下がった視線が、何か変なものを捉えた。
 もこもこ。
 跳ね除けた薄目のシーツに包まれた何かが蠢いていた。
 大きさは……結構大きい。
 な、何だこれ……。
 突然変異のゴキか……はたまた巨大な鼠か。
 まさか、謎の地球外生命体。
 ベッドの上で、それから逃げるように、透は壁際に背中をつけた。
 だが、視線は蠢くシーツからそらせない。
 それは、身に絡みついたシーツに悪戦苦闘しながらも、着実にシーツの外に出てこようとしていた。
 な……何が出てくるんだ。
 ぷはっ。
 そんな潜水から上がった直後のような呼吸をしながら飛び出してきたのは……
「……猫?」
 可愛らしい三角の耳、は確かに猫のそれなんだが。
 その下には艶やかな黒髪、そしてその顔は……
「いきなり酷いではないか、とーる殿!」
 ぷんぷんと怒る60cm位の猫耳少女が、割烹着姿でベッドの上に立って彼を見上げていた。
「え?……あ、えーとごめんなさい」
 日本人の性と言うべきか……反射的に頭を下げてしまった透の謝罪を受けて、その謎の生き物は満足そうに頷いてから笑みを浮かべた。
「うむ、謝罪を受け入れるぞ、朝餉の支度は出来ておる、冷めぬ内に食べてから仕事に行くが良い」
 その小さな少女は後ろを向いて身軽にベッドから飛び降りた。
 その時、その腰から伸びた白、茶、黒に色分けされた可愛い尻尾が確かに見えた……しかも二又の奴が。
(三毛か……)
 その尻尾を揺らしながら、小さな姿がちょこちょこと彼の部屋を出て行く様を呆然と見送っていた透が、今見たものを信じかねた様子で二三度こめかみを揉んで、天を仰いだ。
「何だ……何が起きているんだ……一体」

1

 なんてリアルな幻覚だ、匂いも姿も本物そっくりじゃないか。
 しかも、並んでいるのは豆腐とわかめのおみおつけ、鮭の切り身、浅漬けに、油分が控えめな筑前煮……絵に描いたような日本の朝食であった。
「お主がどれほど食べるか判らなかったので、控えめに致した、冷奴やインゲンの胡麻和えも用意できるが如何する」
「いえ、これで充分です」
 というか、こんなキッチリした朝食を摂る習慣がないから、多めに感じる……。
「左様か」
(やはり小食のようじゃのう)
 透の細い体を見るとも無しに見ながら、猫耳少女は僅かに懸念するように眉を顰めながら土鍋を開いた。
 ほわっと良い匂いが拡がる。
「本来は釜で炊き、お櫃に移すが良いのだが、かような物でもそれなりに炊ける。さて、とーる殿、ご飯はいかほど?」
「あ、軽めに一杯ほどで結構です」
 その言葉に艶やかな木のしゃもじを手にした小さな少女が、細いが意思の強そうな眉をしかめた。
「主食がそれで一日保つのか?」
「余り食べると辛いので、すみません」
 幻覚に頭を下げる自分ってのは、なんか間が抜けているな……。
「うむ……人それぞれ故それは仕方有るまい……明日からは炊く量も調節せねばな」
「助かります……」
 明日からって……この幻覚は明日も発生する気満々なのか。
 幻覚の定義を大きく逸脱した事を考えながら、透は小さな手が差し出す茶碗を受け取った。
「うーむ……」
 受け取ってしまった茶碗を、低く唸りながら透はしばし眺めた。
 何とか目の前の事態を幻覚だと思ってやり過ごそうとして居たが、やはり無理だ。
 この目の前の少女は幻覚ではあり得ない。
 あり得ない以上、自分はこの身長60cm程度の猫耳少女という存在を、現実のものとして受け止めなければならない訳だ。
(正直に二十三年生きて来たというのに、何故、今こんな試練を受けねばならないんだろう……)
「よいよい、では、とーる殿は夕餉に何を食べたいのだ?」
 土鍋の蓋を閉じながら、少女は透に微笑みかけた。
 なんか若奥さんみたいだな。
 ……って何を考えてるんだ、僕は。
 透は、ふと浮かんでしまった想念を追い出すように収まりが余り良くない頭をポリポリと掻いた。
「はぁ……今日は帰れるか判りませんので夕飯は……」
「左様か、だが用意だけはしておく。外食を続けるのは体に毒じゃ。冷めてもそれなりに食べられる物を用意する故、多少遅くなっても家で食事をいたせよ」
「恐縮です」
「うむ、では頂きます」
 少女が、椅子の上に座布団を積み上げて高さを確保したそれの上にちょこんと正座して、手を合わせる。
 ……流石猫、凄いバランス感覚だ。
「頂きます」
 そう言いながら、透は程ほどに脂が乗った鮭の切り身に箸を入れて、それを口にしてからご飯を摘んだ。
 うーむ、ご飯の粒が立ってふっくら艶々している……良い砥ぎ、そして完璧な水と火加減が揃って、初めてこれだけのご飯が炊ける。
(ウチのお米……こんな味だったんだ)
 母の田舎から送って貰ってるお米で、悪い物ではない事は知っていた筈だが、自分が適当に炊いていた物とは雲泥の差があった。
「美味しい……」
 透の言葉に、少女の顔がぱぁっと明るくなる。
「そう言って貰えて何よりだ」
 嬉しそうに、自分でよそったご飯に少女も箸を伸ばす。
 器用に箸を操って鮭を解し、ご飯を取って口に運ぶ。
 綺麗な箸使いしているな……
「じゃ無くってーーーー!」
 いきなり大声を上げた透に、猫耳少女が非難するような目つきを向ける。
「食事中は静かに致せ、行儀の悪い」
「あ、ごめんなさい」
「うむ、気を昂ぶらせるのは消化に悪いぞ、心静かに、感謝しながら食材の味を楽しむのだ」