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プリンス・プレタポルテ

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9.アーネスト


 トラックの荷台に入った事など何年ぶりだろうか。15人ほどの兵を乗せた輸入中古車は早々と中年期を迎えたアメリカにおいては天然記念物でも、この発展途上国では未だ現役で、力強く唸るエンジンが腰骨を振動させる。明らかにオーバーする載積人数にも、石塊だらけの悪路にも全く屈することなく。

 
 放校されて故郷タスマニアに舞い戻る度、父はわざわざ大学を休み、祖父のトラックを操っては波止場で待つ私を迎えに来たものだった。生物学の教授だった父の愛車は旧式のT型フォードだったが、このときは何故かいつも軽トラック。地面に置いたトランクの上に腰掛け、まだ慣れぬ煙草の細い白煙が近づく排気ガスに飲み込まれる様を、私は昨日のことのように思い出すことが出来る。フロントガラス越しに見る、父のなんともいえぬ表情も。
 始終無言で荷物を積み終わると、父は運転席へ、私は農機具と傷んだ鞄が乗せられた荷台へ。助手席へ行けと言われた事は一度もない。それどころか、自宅に到着し母に帰宅を告げるまで、父は口を開くことすらしなかった。ここほどではないが砂埃の酷い田舎道を、調子の悪いエンジン音と傾きかけた昼の太陽を背後にして走ったことは幾度であったか。追い抜く畑帰りの女達の眼が私に訴えるのは、母より上の年の人間ならば明らかな顰蹙、それより下ならばロマンスを願う砂糖菓子のような微笑み。今では到底不可能の、純粋な甘美さ。
 今更責めても時間を戻すのは不可能だが、独立心と反抗精神にたきつけられていた当時の私は、とてもじゃないが気付くことが出来なかったのだ。海洋生物の生態についてなら右に出ることのなかった父が、ただ一人自らの子供の扱い方だけは永遠に解明できなかったこと。彼の沈黙がその学識者らしい理性を総動員して怒りを抑え込んでいた結果であり、繰り返される絶望を表現する唯一の方法であったことなど。
 俯き加減でハンドルを握る父の薄くなった後頭部など一顧だにせず、鍬と藁と生物標本の間に埋もれながら、私は頬を切る風へ短くなった煙草と堅苦しい寮生活のしがらみを流し、新しく思い浮かんだ希望のことばかり考えていた。どこまでも続く路傍の油臭いユーカリが、眼に染みるほど碧かったことを覚えている。