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セールス・マン
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プリンス・プレタポルテ

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 サルヴァトーレは大仰に顔を顰めた。手を振るたび、白煙が拡散し、黄色い光がけぶる。
「あいつなりの気配りだろうよ。あんた、気にしてたろう。あのバグジー・シーゲルのこと」
 胸に突き刺さる名前をごまかすため、さりげない仕草で背後の大きなデスクに身をもたせた。殆ど用いたことのないマホガニーは、傷一つ無くニスが光る。
「気にしてるのはマイヤーも同じことだろうさ」
 グレゴリオは後ろ手で葉巻入れを探った。
「何せ、おしめの頃から知ってたんだったからな」
 思い出したのは、楽屋を覗くため不安定なゴミ箱の上へ這い上がったことだった。幾らでも思い出せる。プレゼントの箱が爆発したかのような色とりどりの衣装。脱ぎ捨てられたストッキング。惜しげもなく晒される乳房。くたびれた手品師のシルクハットと、時々道化が座る今にも壊れそうな椅子。隣で歯の隙間から荒い息をしている彼を窘めれば、同じ位自ら呼吸も上ずっていたことを知る。漏れる弱々しいランプの下で同じ場所を見た自分は老人からタップダンスを習い、彼は階段の踊り場でダンサーの少女とキスをした。
 グレゴリオは目を細め、火をつけない葉巻を咥えた。
「ベンは不運だった。砂漠の真ん中に街を作るなんて無茶するから」
 胸いっぱいに匂いを吸い込めば、自然と笑みも浮かべることが出来る。
「それで、配慮だって?」
「まぁな」
 サルヴァトーレは片足で一つ床を踏んだ。分厚い絨毯は、彼の体重すらも平然と受け止め、音一つしなかった。
「ラッキー・チャーリーはナポリから一歩も動こうとしないしな。クリスマスも終わったことだし、そろそろ何かが起こりそうだ」
 分厚い手の中に納まった葉巻は、小枝のように頼りなく見える。
「あいつは義理堅いからな。昔馴染みのあんたをこれ以上関わらせたくないんだろう」
「言われなくても関わらないさ」
 突如酷くなったイタリア訛りへついに苦笑をもらし、グレゴリオは手を突き出した。
「君たちがどう思ってるにせよ、こっちは一応堅気なんだから」
「そりゃもちろん分かってる」
 打ち合わされた浅黒い手のせいで、自分の指が蚕のようにすら見えた。これは、母譲りだ。
「だがそう思ってない連中もたくさんいる」
「映画の役と混同しないでもらいたいな」
 浮かべている微笑が、目の前の男にはどう映っているかが現在最大の関心だった。惨めなものでないことを願う。