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海野ごはん
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十六夜(いざよい)花火(前編)

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 一博をソファーに呼んだ加奈子は、
「あなたと別れることに変更ないわ。美香と好きにやってちょうだい。それから仕事だけど美香に引き継いでいくからね、それなら安心でしょ」と言った。
「おまえはどうすんだ?」一博は一応聞いてみた。
「すぐ出ていくわ。近くでアパートでも借りる」
「計画してたのか?」一博の言葉に加奈子は笑って、
「馬鹿ね、そんな訳ないじゃない。前から思ってたんだけど私はあなたを癒してあげれないわ。美香ほどやさしくも女らしくもないし、顔もきれいじゃない。あなたが浮気するたび自信がなくなってたの。だからあなたにやさしくできなかった・・・。そんな自分も嫌だったの」
「・・・・」
「でも、いい機会じゃない。もしかしたら美香もあなたの理想とは違うかもしれないけど、私よりいい筈だわ。そう、今の私より…」
「・・・・悪かったな」
「いいのよ。この歳でまた新しい人生踏み出せるなんていい事かもしれないし、今度は素直な自分になれるかもしれないって思っちゃうのよね。あなたも頑張ってね」
「本当に健三と一緒になりたいのか?」
「妬ける?」
「少しはな・・」
「あら、そうなの。うれしいわ」
「当て付けじゃないよな」
「さあ、どうかしら・・・」
加奈子の最後の思わせぶりが一博に贈る女心だった。


 それから加奈子は立ち上がると荷造りをまた再開した。
10年といえどもやはり愛着があるこの家を離れるのは寂しい。だけど加奈子にはわかっていた。新しい事を始めるには過去を清算しなくちゃならないことを。今までもそうやって来た。
 いろんな仕事に就き、いろんな男がそばにいたが、いつも一人で生きてきた感があるからだ。
 子供がいないからなのだろうか、すべてにおいてあまり執着心を持つことがなかった。だから子供のいない一博と結婚したのは居心地がよかった。お金もあったし落ち着いて仕事もできた。
悪い暮らしじゃなかったが満ち足りないものがいつも心の中にあった。それが「愛」だと気が付いたのは健三に再会してからだった。
 やはり生きていくうえで「愛」は大切なのだ。
 正直、美香と一博の愛がうらやましい。出来るならばこんな私でも「愛」を手に入れたいと加奈子は思った。

 安全・安定的な家庭がいくらあろうとも愛が必要ないという事はない。女はいつも愛を心に抱えていたいのだ。そして、それを温めてくれたり、くすぐってくれたりする男が欲しい。結婚という形に縛られ、家庭という檻の中に閉じ込められ我慢した上に愛が満たされないなんて最低だ。女でも愛に飢えているのだ。


 美香も加奈子と話をして決心がついた。いつでも出て行けるようにある程度の荷物をまとめることにした。しかし、意外とあるようで自分の荷物はなかった。服以外のものがこんなにも少なかったのかと驚いた。
 家族の物がほとんどだった。20年もこの家に住み、自分のものというのが見当たらないのだ。
 改めて自分の存在感のなさが寂しくなった。ただ子供を育てるためだけに家庭を築いたんだろうか。子供がいなくなった途端ただの家政婦だ。  
 健三さえ私にやさしくしたり愛を満たしてくれてたら、不倫はしなかったかもしれない。あれほど愛着で捨てきれない思いがあった家は急に色褪せ、昨日までの葛藤は不満の水で薄められた。美香は強く心を持とうと決めた。


 翌々日、加奈子は長年住んだ井田写真館の家を出た。決断して進むスピードは速かった。
健三の職場から1kmほど離れた小奇麗なアパートに居を構えた。
 新築の2LDKは洋風の外観をしており今風だった。新しい家具に新しい部屋。一人暮らしするには十分な広さだった。
 窓からは夏草が生い茂る田んぼと山が見えた。緑に囲まれるとそれだけですがすがしい気持ちになった。意外と一人暮らしの自由もいいものだ。加奈子は若い時の一人暮らしに戻ったような気がして気分も若返った。 
 午前中に荷物を運び入れ、夕方までには全部片付いた。一人で過ごす夜は別に初めてじゃない。一博と結婚していても割と一人の方が長かったぐらいだ。まだ住みなれない新しい部屋で加奈子は一人で食事を作り、一人で祝杯を挙げた。
 それはやはり寂しさで押しつぶされそうになる自分を勇気づける為だった。ごく身近な知人にメールや電話で近況を知らせた。それは愚痴になったり、喜びになったりで自分でもどれが本当の自分かわからないくらいだった。加奈子の新しい人生が始まった。