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朝木いろは
朝木いろは
novelistID. 42435
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十七歳の碧い夏、その扉をひらく時 <第一章>

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初夏の生ぬるい風がまるく旋回して髪の毛をふわりと持ちあげた。中途半端に伸びた前髪がチクリと目を刺激する。不意に襲ってきた針を刺すような痛みに、俺は小さく舌打ちをした。
 誰もいない屋上であぐらをかき、両膝の間に無造作に焼きそばパンを置く。購買で買うパンは、どれも似たり寄ったりでお世辞にも美味しいとは言えない。伸びきった麺にねっとりした甘いソースが絡みつき、後からほんのり鰹節の味が広がる。口中の水分が急速に失われていくのを感じ、紙パックの牛乳を一気に喉奥に流し込んだ。
「悠(ゆう)、お前やっぱすげぇよ」 
 クラスメイトの山川 洋人(やまかわ ひろと)が、興奮したように重い鉄扉の向こうから顔を出した。洋人とは幼稚園からの腐れ縁で、今も同じクラスだ。人懐っこい笑みを浮かべた洋人は俺の横に腰をかけた。
「アクセス数がハンパねぇんだよ」
「何の」
 話の糸口が見えない。思わず尖った声で聞き返した。
「外見がいい奴は得だって話」
 また始まった。洋人は昔から自分の外見コンプレックスを事あるごとに俺にぶつけてくるのだ。鼻筋は通っているが、目が細いのが気に入らないらしい。
「お前んとこはお母さんも超美人だしな。やっぱDNAかな、DNA」
 否定はしなかった。単純に外見のDNAでいえば、確かに俺は恵まれているかもしれない。母親は元ファッションモデルでスタイル抜群。父親は二枚目の俳優だったと聞いた。美男美女から生まれてくる子供は、高確率で外見に恵まれている。この世に生を受けた日から、俺は「かっこいい」とか「美男子」という形容詞と共に人生を歩んできた。だから、今さら外見を称賛されたくらいでは何も感動も湧き上がってこないし、嬉しさの欠片も感じない。
「はぁ。百六十三じゃ足りないんだよ」
「またその話か」
「毎日牛乳飲んでるのに世の中は不公平だ!」
「しょうがないだろ、こればっかりはDNAなんだし」
 自慢するわけではないのだが、俺は背が高い。身長はクラスで一番高く百八十三を超える。
「そういうわけでさ、借りちゃったってわけ」
「だから何を」
「実際すげぇよ。聖ミカの子にモテモテでさ。友達になりたいってじゃんじゃんメールが来るんだよ」
 聖ミカというのは、ここから徒歩十分ほどの距離にある由緒正しきお嬢様学校、聖ミカエラ学園女子高等学校の略称だ。
「へぇ、良かったじゃん」
「なぁお前さ、携帯からネットとかやってないだろ?」 
 洋人は少し小馬鹿にしたような顔で俺を見た。
「通話のみだけど」
「今どきそれはないって。メールとかネットとか普通はするっしょ」
「面倒だし必要ないから」
「お前損してるよ。いくら光源氏でもなぁ」
「光源氏?」
「あだ名」
「勝手につけんな」
「この前、古文で『源氏物語』やったじゃん。すぐお前の顔が浮かんじゃってさ」
「いや、俺はあんなに女好きじゃないし」