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日常と異常の境界

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「『彼女』は大樹(だいじゅ)、『彼』は大地。そこには混沌とした秩序が実る。
 だから時よ止まれ。そなたは茫洋であるがゆえに醜くも美しいが、時間には全てを奪う力がある」














プロローグ

 友情や愛情という魂の交感は、無条件で成り立つと僕は漠然と思っていた。しかし違った。その〝直後〟にまで立って、結局解ったことは、しょせん条件のない幸せなど、ありはしないのだということだけだった。
 あのときの『彼女』との交感で、僕は僕自身が世界に対して繋がることはできないと、はっきりと分かってしまっていたはずなのに。

 ――吸呪姫(Kyu‐zyu‐ki)。

 『彼女』は、呪いがなければ、生きることがかなわない。誰とも、交わることができない。

 だから……、僕は――

「それがあなたの選択なのね?」と、白を基調とした薄青い浴衣めいた単衣(ひとえ)の着物を、紺色の帯で身に纏っている『彼女』は確認する。
 僕は答える前に、視線を『彼女』から外し、澄んだ空に広がる満天の星々を見上げた。
 視界余すことなく覆う夜空。冴えた月の色を中心に、これほど無数の星屑が、つぶつぶと散りばめられて広がる薄明かりの海は、とてもすてきだ。何百光年も遠くにありながら、その星屑達が自分にまつわる御伽話(おとぎばなし)を語り、真珠色に輝くのが良く見える。
 東京では、無粋なネオンや濁った空気などが邪魔してこうはいかないから、とても心地良く、僕の内面に染み込んできた。
「うん。もう、いいんだ。未練はない」
 右手を伸ばし、いずれか一つの星を掴むようにしたその瞬間、僕自身がキュウっと吸い取られていくような、めまいがやってきた。
 僕はもう一度『彼女』の瞳を見つめ、ある決心を告げた。愛する人をせめて一人だけでも、僕が身代わりに消えてしまうことで、助かるというのなら、不満はないからだ。
「そう。そうなんだ。ヒトとも繋がらないから、世界とも自らを切り離そうとする――それがあなたの答えなの。今度は、私のために私を裏切るのね。まるで自分の定めに反逆されている気分だわ」
 言いながら『彼女』は、眩(まばゆ)い海を見上げる。
 分かってる。僕が、どれだけ自己満足で歪められた愛を、注ごうとしているかということに。
 『彼女』は虚ろな微笑みを浮かべ、ゆっくりと近づいてくる。
 わずかな隙間から見える真っ白な牙が通気口の柵のようで、昔嗅いだことのある懐かしい麝香揚羽(じゃこうあげは)の香りが、風に乗った下草の臭いと一緒に漂ってきた。
 僕も『彼女』の方へ、足を一歩踏み出す。

 どこか遠くで、一匹の犬が吠え、雨が降り始めた。





















日曜日

 春も本格的に過ぎ去り、雨のにおいをまとった風が、僕の髪をなでていく。
 小さな木造の駅舎から出ると、町にも、湿気が地を這うように漂っていて、空気は重たかった。不快感と夜の静けさで、人々は沈黙し、町全体が沈んでいた。
 電車のなかで見えていたスーパーマーケットやファストフードも、ミニチュアのように両側を山並みで挟まれたこの町へ近づくにつれ、消えていった。
 二年と少し前まで暮らしていた東京の空は、高層ビルに囲まれて狭く感じられた。しかし、この町は建築物が少ないために、空が広い。
 さほど広くない川に、まばらに広がる民家。道の両脇には水田が連なっている。水田と水田の間を進む道を、できるだけゆっくりと自宅まで歩いていく。途中、坂を登らなければならない。
 バスも午後六時に終わる小さな町のなかの雨夜(あまよ)で、大学三年生の僕は、バイトから帰る途中だった。
『何でお前がいると、あのクレーマーが来るんだよ。リサイクルショップに未使用の品なんてねぇのに……ああ、イライラする! 他のお客さんの対応が進まねぇじゃねぇか』
 僕がいるときに限って、特定のクレーマーがやってきてはレジで無駄話を延々と続け、営業の邪魔をする。結果、他のお客さんの対応が進まず、売り上げにも影響が出た。僕がシフトに入ると、クレーマーが来るという統計データのもと、バイト時間が減っていく。
 まるで、僕の行動を先読みしているかのように、その人は僕がいるときにしか店に来ない。
 僕がシフトに入っているときは必ず現れ、レジで『節電意識があるのはいいことだけどねぇ。でもせめて、店内の電気くらいはつけたらどうなの? どうせ休憩室では、無駄に電気使ってるんでしょ?』と。それなら、まだいい方だ。
 以前は『お客様、商品棚に缶を置くのは、他のお客様に迷惑がかかり、商品の衣類にも零れかねないので、やめて頂くようお願いできますか?』と、僕が注意したことがあった。
『へぇ、この店は客にたてつくんだ。どういう教育方針してるのかねぇ。だってそうでしょ? 私達は客で、客は神様なのよ? それとも、私は客じゃないって言うの? 全く、これだから今どきの若者は……』
 
 急な勾配の坂を見上げると、無意識に溜め息が零れる。
 どうして、僕なのだろうか。
 一時停止させていた足を、再び働かせる。
 バイト疲れもあるのだろうか、まるで登山している気持ちになってくる。
 その途中、ハミングが神社から流れてきた。
 一人で歩いているためか、世界で僕だけが、雨夜のなかで響く微(かす)かな音を、つかまえることができた。そう思えた。
 どこか懐かしい。誰が、歌っているのだろうか。
 木々に囲まれた石造りの階段を上がっていく。そして見えてきた神社は、まるでこれから神聖な儀式が行われるかのように、大きな拝殿が本殿を守るように身構えていた。
 鳥居をくぐって、真っ暗な境内を細めた目で見つめる。神様の正面玄関を注視していると、木々や葉が強風に吹かれて不気味に歪む。そして枯れ葉が雨に打たれながらも、まるで強い意思を持っているかのように、渦を描き舞い上がる。
 本当に、ここに来ていいのだろうか? 過去の僕が、今の僕に問いかける。
 でも、どうしてこれほどまでに線の細いメロディが、雨にも風にも負けずに流れてくることができるのか。
 錯覚のたぐいかもしれないが、僕を、さがしているようにも思えてくる。
 矛盾したミニチュア世界の中で、一歩いっぽ、歌の在処(ありか)まで進む。そうしていくうちに、不思議と恐怖は消え、疑問だけが残った。
 この町の神社の裏側は、日光浴目的で、鎮守の森を切り開いた公園がある――町の者は皆、森公園とか植物園と呼んでいる。
 流れてくるメロディを辿って森公園へ入っていくと、一人の少女が絞め殺しの木として有名なアコウの木の下にいた。ひょろりとした細い木だ。
 種子は鳥類によって散布され、樹木の上に運ばれ着手すると、アコウの枝は上から降りてきて、網の目のように親樹を覆う。最後は降ろした枝で絡みつき、枯らすことから絞め殺しの木と呼ばれる。
 昔は御神木とされていた大木に、根付いてしまった絞め殺しの木。御神木だった大木は、じわじわとなぶり殺しにされているようで、殺されるのも時間の問題のようだ。
作品名:日常と異常の境界 作家名:HirokiTouno