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七ケ島 鏡一
七ケ島 鏡一
novelistID. 44756
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グランボルカ戦記 1 紅と蒼の姫

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公爵令嬢とメイド


1 公爵令嬢とメイド


 五月のある晴れた日の夕暮れ時。
 グランボルカ帝国第一皇女、リュリュ・テス・グランボルカは峠の途中にある大きな岩の上でイライラと不機嫌な表情を隠そうともせずに、薄い眉をしかめて岩肌を指でトントンと叩いていた。
「オリガよ、馬車はまだ直らぬのか?」
「は・・・申し訳ございません。手持ちの資材で補修するのは大変難しく・・・」
 馬車の修理にあたっていた従者のオリガが、車体の下から出てきて車輪の潤滑油で汚れた顔をタオルで拭きながら申し訳なさそうに報告するが、報告を受けたリュリュの表情は何故かパッと明るくなった。
「よし。ならば、馬車はここで捨てようではないか。そうじゃ、それが良い。折角お忍びで旅をしておるというのに、馬車に乗っておったのでは何も見えぬと前々から不満に思っておったのじゃ。」
「しかしリュリュ様を歩かせるなど、そんな畏れ多い事・・・」
「でもオリガ、もうすぐ日暮れよ。このままだと夕食もとれずに野宿になってしまうわ。そっちのほうがリュリュ様を歩かせるより失礼ではないかしら。馬具がないから乗れないでしょうけど、荷は馬にくくりつければいいし、もうイデアの街までは下るだけだもの。歩きましょうよ。」
「しかし、アリス・・・」
 ひょんなことから一緒に旅をしている旅芸人のアリスもリュリュに賛成するが、オリガはまだ迷っているようだった。そんな煮え切らないオリガの様子に痺れを切らせたリュリュは、岩から飛び降りて一人で歩き出した。
「アリスの言う通りじゃ。そういう訳で、リュリュは先に行くゆえ、オリガは荷をまとめて後から参れ。」
「リュリュ様お一人で行かせるわけにもいきませんし私も先に行きますね。オリガは荷物をよろしく。」
 そう告げるとアリスもリュリュを追って歩き出した。
 残されたオリガは観念したように大きなため息をつくと、馬車に積んであった荷を馬にくくりつけ始めた。


 リュリュとアリスの判断が早かったおかげか、リュリュ達一行はなんとか日暮れ前には目的の街、イデアへとたどり着くことができた。しかし、この街の領主であるリュリュの叔父の城はすでにその日の閉門時間を過ぎており、城門の中へ入ることはかなわなかった。いや、かなわなかったというのは語弊がある。元々この城の人間であるオリガが、侯爵直々の命令で動いていたことや、リュリュの正体を明かしてでも掛け合おうとしたが、リュリュはそれを笑顔で制したのだ。
「良いではないかオリガ。一晩くらい街の雰囲気を楽しむのも悪くはないじゃろう。」
「しかし・・・」
「良いではないですかオリガ。リュリュ様がこうおっしゃっているのだから。」
「あ、ちょっと・・・。」
 二人共、ただ街で遊びたいだけなんじゃないだろうかと思いながらも、オリガは既に城門に背を向けて街へ歩き出した二人の後を小走りに追った。

「しかし、このイデアの街は活気があって良いのう。ここまでの道中で立ち寄った街とは大違いじゃ。リュリュのアミサガンにも引けをとらぬぞ。」
 宿に馬と荷物を預けた後で市場に繰り出したリュリュは、あちこちを見回しながら感想を言った。
「そうですね。逆に私は、アミサガンへ辿りついた時に全く同じ感想を持ちました。道中の街々はあまりにも荒んでおりましたから。」
「確かにそうかも知れないわね。今この国で活気がある街はこのイデアとアミサガン。そして前の皇都であったグランパレスくらいではないかしら。」
「ふふん。リュリュと叔父上と兄上の統治はそれだけ見事ということじゃな。」
 アリスの言葉に、リュリュがちいさな胸を張って得意げに答える。
「まあ、その見事な統治をされていたリュリュ様は今や追われる身ですが。」
 はっはっはと高笑いしようとしていたリュリュはアリスの言葉に凍りついて立ち止まった。
「アリス!どうして君はそうやってリュリュ様に失礼なことを・・・。」
「ふ・・・ふふ・・・そうじゃな。確かに今、リュリュはアリスの言うとおり追われる身じゃ。しかしじゃ。叔父上の協力を取り付けられた暁には、リュリュはアミサガンを見事にこの手に取り返してくれようぞ。」
 フリーズから立ち直ってグッと拳を握って宣言するリュリュに、アリスは笑顔で小さな拍手を送る。
「その意気です。私としてもここまでの護衛料もいただかなくてはいけませんし。リュリュ様には是が非でもアミサガンを取り戻していただきませんと。」
「う・・・そうであったな。」
 信頼していた家臣の謀反で城を追われたリュリュと、リュリュと共に脱出し、護衛をしていたオリガの窮地に現れたアリスは、オリガに助太刀して見事に追手を撃退すると、法外な護衛料を請求してきたのだ。
 それは逃げるときに持ちだしてきた手持ちの金で払ってしまった場合、その先の旅がままならなくなる程の金額だった。
 そこでリュリュが提案したのが、イデアまでの旅費をリュリュが持ち、護衛の費用は街を取り戻してから。という契約だった。当然同行する日あたりにも日当がかさむため、アリスへの支払い額は大分ふくれあがってしまっていた。
「まあ、リュリュ様がダメならリュリュ様のお兄様や叔父様に支払って頂くだけですが。」
 そう言ってあらあらと笑うアリスの笑顔は皇子だろうが侯爵だろうが、確実に金をむしりとる。そういった迫力を備えていた。
 そこには、権力者に対する恐怖や畏怖(いふ)といった物は微塵も感じ取ることはできない。
 オリガは最初それが旅芸人という一種権力とは結びつきの弱い分野に所属するアリスの性質からくるものなのだろうと思っていたが、法や道徳は順守するところを見ると、どうやらそういうことではないようである。
「どうかしたの。」
「あ、いや。別にどうということはないのだけど。アリスはあまり権力を恐れないんだなと思って。」
「そんなもの、恐れるだけ無駄だもの。権力を恐れて泣き寝入りしていたって、それこそ権力は事情を聞いてくれるわけじゃないでしょう。」
「そうじゃな。じゃがリュリュはそういう泣き寝入りしている者達も泣かずにすむ国を作っていきたいのじゃ。そのためには、まず我が街を取り戻さねばならぬ。全く、フィオリッロめ。突然リュリュを拘束しようとしおるとは一体何を考えているのか。ああ、今思い出しても腹が立つ。フィオリッロめ、今にみておれよ。」
 謀反のときの事を思い出したのか、薄い眉毛をしかめてリュリュが不機嫌そうな表情を浮かべた。
「ご心配は要りませんリュリュ様。我が主人アンドラーシュ様が、姪御様であるリュリュ様を無下に扱うようなことはありません。」
 そう言って熱弁を振るうオリガの言葉にアリスが首を傾げる。
「あら、オリガ。貴女リュリュ様の配下ではなかったの?」
「ああ。私は元々侯爵が行われた、身分にとらわれない新しい採用試験を受けて合格し、城の門番に取り立てていただいたんだよ。そしてその後、先見の明のあったアンドラーシュ様は、私を万が一何かあった場合の、リュリュ様の護衛になるようにと派遣されたんだ。今考えてみてもやはりアンドラーシュ様は凄い方だ。」