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サプリメント

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サプリメント ~departure~ 




「おお、シャカ!しばらくぶりだったじゃないか。元気にしていたのか、おまえ」

 古い一軒家の玄関口で呼び鈴を押して数分後。ドタドタと豪快な足音とともに、日に焼けた人の良い笑顔を浮かべ、がっちりとした体格の男が現れた。大歓迎だとでも言い表すように両手をバッと大きく広げ、そのあとは強烈なハグ。
 「うっ!」と思わず声が絞り出る。そのままへし折られるのではないだろうかとさえ思うほどの勢いだった。ばんばんと背中を叩かれて本当に痛い。

「けほっ……ああ、まぁ元気ではあった。君は相変わらずのようだな……しばらく厄介になるが、よろしく頼む。急な申し出を快く引き受けてくれて助かった、アイオロス。何せ鈍りまくっているので、君にレクチャーでも受けなければ心許ないと思っていたから。君が捕まってよかった」

 負けじと背中をばんばんと叩き返して、ようやく熱烈ハグから解放された。

「よく言うぜ。そんな殊勝なことを言いながら、ズバンズバンと的に当てまくるのが目に浮かぶ。ま、おまえなら大歓迎さ。本当ならアイオリアにも会わせてやりたかったところだが、今は『派遣中』でな。弟子と一緒に出稼ぎに行っている」

 まぁ、入れよと中に促され、下に置いていたボストンバッグを抱え室内へと足を踏み入れた。

「出稼ぎ?それに……『あの』アイオリアに弟子かね?」
「笑えるだろ?でも実際はどっちが師匠か弟子かわからないけどな」

 少々その弟子とやらがどんな人物なのか興味をそそられながら、先に進むアイオロスの大きな背中を眺め、後ろに続く。
 懐かしい匂い。古くてあちこち修繕された後ばかりだけれども、割合に広さもある家だ。各部屋へと続く廊下の壁には色々な人物との写真や表彰状などが飾られて、見飽きることがない。廊下から見える部屋うちをちらりと見回しても、家具の配置も一切かわっていないのが『らしい』と思った。
 この家の住人は少し……いや、けっこう破天荒な人物たちであった。ごく一般的な暮らしをしている者からすれば、無茶苦茶な生活を送っている兄弟だ。そんな彼らと共に生活した日々は今の私にとって、かけがえのない時間だった。彼らによって私は今の私と成り得たのだ。感謝してもしきれない。

「おーい、シャカ。こっち!部屋は前に使っていたところでいいよな?」
「あ…ああ。かまわないが」

 いつの間にかアイオロスは先に進んでいて、奥の見覚えのある部屋の前で手招きした。とくんとくんと心臓が心地よいざわめきを伝えた。

「―――懐かしいな。あの時のままかね?」
「ああ、アイオリアがいつでも帰って来られるようにってな。ちゃーんと、シーツも洗濯して、部屋の掃除だってしてたさ。あいつにとっち、おまえは初めての弟分だからな。可愛くてしかたなかったんだろう」

「可愛い…かね?その割には随分な扱いだったように私は記憶しているが」
「おまえがあまりに世間離れしていたからさ。とんでもないことばかりしでかしてくれたし。本気で殺されかけたこともあったからなぁ~。はっはっはっは!」

「殺されかけたくせに、そうやって笑って話せるなんていうのは豪胆な君だけだろな」
「まぁな。ああ、そうだ!それに今なら夜襲かけられてやってもオッケーだぞ?」

「アイオロス……楽しんでいるのは何よりだが、私は少々耳に痛い。あの時の私は何が正常で何が異常なのかさえ、さっぱり知らぬ赤子の様な状態だったのだから。それくらいにしておいてくれると助かる」

 くっくと嬉しげに眼を細めて笑うアイオロスに頭を抱える。すると、ぐしゃぐしゃとアイオロスが頭を掻き回した。

「おまえがちゃんと『人』になってくれて、兄貴分としては嬉しいよ。おまえを命がけでここに連れてきた叔父貴の遺言はきちんと果たせたかなって思うさ」
「―――あの人には、とうとう恩を返すこともできないままだった」
「おまえが笑って暮らせていることが、何よりの恩返しだろうさ」

 ふわりと大きな手でぽんと頭を一つ押さえられて、なんだか鼻の奥がツンとなりそうになった。アイオロスたちの叔父と出会わなければ私は今もただ野に放たれた獣のようにただ獲物を狙い、その喉笛を喰らう『牙』のままか、もしくは早々にこの世からは消え去っていたのだろうと改めて思った。

「あとでまた呼びに来るから。それまでは荷物の片づけでもしてゆっくり休んでおけ」
「ありがとう、アイオロス」
「じゃぁ、な」

 アイオロスが部屋から出ていったあと、ベッドの上に腰掛けながら、しばらくぼんやりと部屋うちを眺めた。壁にかけられた写真に目をやり、近づいて見つめた。
 アイオロスとその弟アイオリア、そして私の三人が写っている。撮影者は彼らの叔父だ。アイオロスやアイオリアはリクエスト通りに満面の笑顔を浮かべている。私はといえば、まだ覚えたての笑みをなんとか苦労して思い出しているような……そんな不器用な表情だった。

「あの頃の私よ、本当によく頑張ったな……」

 写真を撫でながら、思わず毀れた言葉。
狂った闇の世界から解き放たれ、導かれた新世界は眩しすぎた。信じていたものがまったくの出鱈目だった事実。今ならばごく当然に思えることも正反対の価値観でしかなく、戸惑うばかりで安全であるはずの場所なのに恐怖さえ覚えた。
 強い毒に侵され続けていたから、清浄な水で毒を洗い流す日々は苦しかった。それこそ麻薬のように身を滅ぼす毒だとわかっていても、ひと時の苦痛から逃れるために、欲してしまうのだ。禁断症状のように狂った闇の強烈な刺激を求めた。
 けれども、彼らから与えられたのは清浄な水。繰り返し、繰り返し根気強く与え続けられて、私はようやく洗い晒しの木綿のようになれたのだった。



作品名:サプリメント 作家名:千珠