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赤のミスティンキル

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§ 第八章 魔導塔 ヌヴェン・ギゼ



(一)

 さて、物語は再びミスティンキルら三者の冒険行に戻る。ミスティンキル達がメリュウラ島に上陸して七日が過ぎ、彼らはとうとう島の東部域に至った。
 この日、彼らはヌヴィエン川をさかのぼって森の中へと入っていき、大きな滝の側壁をよじ登った。大滝は、ウィムリーフによって“黒壁の瀑布”と名付けられた。よじ登った傾斜地が壁のように急で、降りかかる滝のしぶきによって岩が黒く濡れていたから、とウィムリーフはしたり顔で説明する。それを聞き、分かった分かったと苦笑するミスティンキルであった。
 各人とも相当苦労して登っただけあり、涼やかな川岸にいても身体の内側から汗がにじみ出てくる。アザスタンでさえ疲れの色が見える。手足を使って登坂するなど、およそ龍《ドゥール・サウベレーン》らしくない慣れない行動だろう。彼らは汗が引くまでの間、岩場に座り込んでしばしの間休むことにした。

 ごうごうと勢いよく音を立てて水が滝口から落下していく。視点を川の上流へと転じると、ほどなくヌヴィエン川のはじまりの地、美しく静謐《せいひつ》なヌヴィエン湖に至る。湖面は鏡のように、ほとりにある木々の緑と空の蒼とを映している。
 そして――白き魔導塔ヌヴェン・ギゼがそびえていた。石造りの塔の高さはおよそ半フィーレ。地上部の幅は半フィーレ弱だろうか。その外壁は四つの平面によって形成されているようだ。

 今度は南東方向へと目を向ける。その盆地はかつてのラミシス中枢域。そして中央部にはオーヴ・ディンデ城があったのだ。朱色《あけいろ》の龍、ヒュールリットが言うように、オーヴ・ディンデは今なお結界に閉ざされているのだろうか? この位置からは湖畔の木々が邪魔になって盆地の様子がまったく眺望できない。が、あのヌヴェン・ギゼの屋上からなら望むことができるだろう。

 盆地の向こう側には、今やロス・オム山の雄大な姿がいよいよ迫って見えた。ごつごつとした山肌や沢の様子までくっきりと見てとれる。山が火を噴くのを止めてすでに久しいが、中枢域の盆地が形成されたのは太古の火山活動によるものだ。
 この高地は盆地をぐるりと囲んでおり、ヌヴェン・ギゼのほかにも三つの塔がある。ここから東に位置するシュテル・ギゼ、南に位置するゴヴラット・ギゼ、そして盆地を挟んだ真向かい、南東の高地にあるロルン・ギゼである。ラミシスが在りし頃にはそれぞれの塔において魔導の研究が行われていたほか、中枢域を守護する役割も果たしていたとされる。これらの塔も、今いる位置からではまったく見えない。

◆◆◆◆

 ひとときの休憩を終えてとりあえずの活力を取り戻した一行は、湖のほとりに沿って残る石畳を道なりに歩む。次第にヌヴェン・ギゼへと近づいていく。塔はかつて王国が在ったときのままに、崩れることなくそそり立っているようだ。
 平滑な外壁の隅部には、上から下まで細い植物模様が二本絡まり合う彫刻が施されている。壁の中央上方と、左右の隅部上方には各々一カ所ずつ計三カ所、内部へ通じる小さな四角い穴が開けられている。穴はどれも、鳥が入れる程度の大きさしかない。弓矢を射るための狭間窓にしては使い勝手が悪すぎる。何か別の意図があって設けられたのだろう。もっとも、塔の所有者が不在となって久しい現在では鳥の巣となってしまっている。
 壁面には巨大かつ精緻な魔法図象が彫り込まれている。それは大きく幾何学的なモザイク模様が重なり合うようにして連続的に描かれていて、模様の中には判読できない古代文字が羅列してあった。

「みごとな壁画ねえ! これは絵に描いておかなきゃ」
 ミスティンキルとウィムリーフは横に並んで歩く。塔というラミシスの遺跡を目の前にしてウィムリーフは俄然やる気を出している。
「あたしにはあの壁画が何を表しているのか分からない。せめて文字が読めたらいいんだけど――。あーあ。博識な魔法使いがここにいればなあ。いろいろ教えてくれるでしょうに」
 ウィムリーフは残念そうに肩をすくめてみせた。
「おれが物知りな魔法使いじゃなくて悪かったな」
 ミスティンキルはウィムリーフを軽く小突いた。頭を押さえ、なによ、とウィムリーフが怒ったふりをする。
「まあとにかく。おれ達には大きな魔力がある。強く念じればいろいろな魔法だって産み出せる。でも、魔法の知識ってやつはからっきしだ。その辺の胡散臭いまじない師などと変わりゃしねえ。……なあ、アザスタン。龍のあんたならあの壁画のこと、なんか分かるんじゃねえのか? 伊達に長く生きてねえだろ?」
 ミスティンキルは首を後ろに向け、アザスタンに訊いてみた。
「愚かしいことを訊くな、新参の“炎の司”。龍が知るのは炎の理《ことわり》。バイラルが研究していた魔法のことなど微塵も知らぬよ」
「なんだ、駄目か。しかたねえな」
 ミスティンキルは悪びれることなく、ただ肩をすくめた。
「しかしなあ。そんなにすごい魔法使いなんて今の世界にいるのやら――ん?!」
 まったく唐突に、ミスティンキルは奇妙な感覚に陥った。魔法に関して、自分が“何か”を失念している気がしたのだ。とても大事だったはずの“何か”を。だが頭をひねって思い出そうとしても、記憶に模糊《もこ》としたもやがかかったよう。けっきょく彼は諦めて、疑問を頭の片隅に追いやることにした。

 湖から塔に至る地面には、石造りの水路が一本まっすぐに形成されている。その傾き加減からすると、塔からの水を湖に流すつくりとなっているようだ。もっとも時を経た今となっては水路として機能しておらず、その形跡のみが残されているに過ぎない。
「さ、行ってみましょう。塔に着いたらいったん休憩するわ」
 意気揚々としたウィムリーフに促されて、一行は水路を辿って塔の下へと向かうのだった。

◆◆◆◆

 そうして彼らは塔の真下に辿り着いた。
「やれやれ。ようやくひと息つけるぜ!」
 ミスティンキルは荷物をどすんと下ろし、気持ちよさそうに大きく背伸びをした。それから靴を脱ぎ捨てると草原に仰向けになった。
「お疲れさまでした。はい、これ」
 ウィムリーフは荷物の中から携帯食を取り出してミスティンキルとアザスタンに渡した。風光明媚な湖の情景を見やりながら、一行は食事をとることにした。
「寝ながら食べないでよね」
 ウィムリーフはミスティンキルに釘を刺す。それを聞いてよっこいせと、ミスティンキルは起き上がった。

「……どこかに入り口があるはず。さっきも言ったけど、登ってみましょうよ。中枢部の景色を塔の上から見てみたいわ。結界のことも気になるしね」
 食事の最中、ウィムリーフが念を押すように塔の探索を提案した。
 ミスティンキルはカストルウェン王子達の勲《いさおし》を思い起こした。かつてカストルウェンとレオウドゥールは、この塔を含む四つの塔に巣くう竜《ゾアヴァンゲル》を退治したとされている。それならばカストルウェン達が用いた入り口や、竜達が入り込むだけの穴がどこかにあるはずだ。
「オーヴ・ディンデって、ここから遠くないんだろう? 先に進まなくていいのか?」
 ミスティンキルは尋ねた。
作品名:赤のミスティンキル 作家名:大気杜弥