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赤のミスティンキル

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§ 第六章 オーヴ・ディンデを目指して



(一)

 時は夕暮れとなった。シュバウディン森林からそう離れていない、頑丈で平坦な土地を選び、彼らはテントを張ることにした。ここから先には湿原地帯が広がっているという。ぬかるんだ土地ではテントの設営がままならないだろうと予想し、三人は安全をとってここで一晩明かすことを決めた。
 ロス・オム山を指し示していた小さな赤い球。魔法の産物たるそれをミスティンキルが納める前に、これから三人が進むべき方角に向けて木の枝を地面に突き刺し、つかの間の標識とした。明日また、魔法を発動して歩を進める。

「さあて、一体全体この呪いとやらはなんなんだ?」
 テントを設営して中に入り、真っ先に口を開いたのはミスティンキルだった。
「呪い……まったくやっかいだわ」
 まいったとばかりにウィムリーフは眉をひそめた。
「原因としてあたしが考えるのは……そうねえ。戦死したラミシス王国の魔術師達の怨霊とか怨念とか。あと、あたし達が竜《ゾアヴァンゲル》を倒した事が呪詛発動の引き金になってるとか。ぱっと考えられるのはそこら辺ね。でも分からないことだらけ。カストルウェン達がこの島に来た時とファルダイン様がいらした時。なんで呪いは過去、彼らに降りかからなかったのか、今あたし達が呪われたのはなぜなのか。そもそもこれは失われた魔導王国の呪いなのか、違うのか」
 “怨霊”と自分で言って思いだしたのか、あとで念のため悪霊祓いのまじないをかけておいたほうがいいかな、ともウィムリーフは言った。
「なんだ、ウィムも分かんないのか」
 ウィムリーフは鋭い目つきでミスティンキルを見た。
「分からないですって?! ええ、そうよ。こんな呪いを受けるなんてどの文献にも書いてなかったもの。ミストだってこんな事誰からも聞いていないでしょう?」
 声を荒げて彼に毒づくと、やれやれと息をついてウィムリーフは敷物に座り込んだ。今朝の出立の時とは打って変わって彼女は機嫌を損ねている。残り二人は顔を見合わせて、どかりと座り込む。
「あーあ。もっと順調にいくと踏んでたんだけどなあ。あたしも甘かったか」
 頭の後ろで手を組みウィムリーフは自嘲した。そして姿勢を正すと二人の顔をじっと見据え、真摯な面持ちで語った。
「うん。怒鳴ったりしてごめん。……いつ、どういう目的で呪いは仕掛けられたのか。これさえ分かれば呪いは無効化できると思う。あたし達の力を持ってすればね。そしたらまたアザスタンの背に乗っていけるんだけれど……あまりにも楽観的観測に過ぎるわね。むしろ分からない状況が続き、呪いはずっと解けないまま、と考えたほうが現実的ね」
 言うとそっと目を閉じ、ウィムリーフは自身を納得させるかのようにうんうんと頷いた。そして目を開け、
「やっぱり……歩いて行くしかないか!」
 ウィムリーフは結論づけた。それ以外方法がないのだ。まさかここまで来て怖じ気づいて引き返すわけにもいかない。絶対にオーヴ・ディンデへ乗り込むのだ!

 ウィムリーフは表へ出て、細い木の枝を折って持ってきた。そして敷き布を丸めて地面を露出させ、簡単な絵を描き始めた。
「ここがあたし達のいる森の外れね」
 彼女はメリュウラ島の地図を描き、左上部、森林地帯を抜けた自分達の位置をくるくると円で示した。
「……で、ずっと先、オーヴ・ディンデが――ここ」
 ウィムリーフは右下部に城を示す文様を描いた。やや離れ、城を守護するかのように四つの方角に建てられている塔も四つ描く。
 北東のシュテル・ギゼ。南東のゴヴラッド・ギゼ。南西のロルン・ギゼ。そして北西のヌヴェン・ギゼである。
「前にも言ったけれど、城に辿り着くにはここから先の湿原地帯と――平原を越えていかなきゃならない。直線距離にしておそらく六十メグフィーレ。歩きづめでも一週間かかるとみるべきね」
 ウィムリーフは湿原地帯を強行突破する事を告げた。ぬかるんだ土質は徒歩で進むにはやっかいであるし、野営に適した平坦で硬い土地はそうそう見つからないだろう。だから明日は、太陽が昇ってから暮れるまで歩き通す。その間に野営に向いた土地があれば迷わずそこでキャンプを張る。ウィムリーフの考えにミスティンキルとアザスタンは同意した。
 次に彼女は、一番重要な事として飲み水を挙げた。汚れた水や生水を飲めば体調を崩してしまうかもしれない。水をくむ場所は清流、しかも動物達が水飲み場としている地点に限る事。汲んだ水は必ず沸騰させたあとに使用する事。飲用時は配分を考え、唇をしめらす程度にする事。
 ウィムリーフは慎重に事を運ぼうとしている。それは臆病風に吹かれたわけではない。冷静で賢明な判断だと言えるだろう。こんな得体の知れぬ魔境の地においては。

「靴も見ておかなきゃね!」
 ウィムリーフは言った。
「じめじめした湿地帯を歩いて行けば、靴の底からどんどん水分が入り込んでくる。足下が水浸しにならないようにしっかりと手入れしたほうがいいわよ、ミストもね」
 靴が壊れたらこれからの冒険行に大いに支障をきたす。ウィムリーフは自分の靴を片方ずつ手にとって、穴が空いてないか、靴全体に不具合があるか、事細かに検査した。少しでも不安を感じる箇所には手入れを施した。
 一方、ミスティンキルは鼻をひくつかせた。
「さっきから気になってたんだがよ。この空気の匂い、しめった感じ……ことによるとこれから雨が降るかもしれないな」
「なんてこと」
 ウィムリーフは天を仰いだ。
「もし豪雨になるというのなら湿原越えは見合わせるべきね。危険だもの。小雨程度だったら……そうね。状況に合わせて柔軟に対応しましょう」
 それきり、三人は口をつぐんだ。

◆◆◆◆

 夜となり、彼らは獣よけのたき火を起こした。そして湯を沸かして飲み水を確保する。
 またウィムリーフは先に言ったとおり、野営地の周囲に悪霊祓いのまじないを結んだ。九百余年を経ているとはいえ、かつての戦いで死んでいったラミシス王国の魔術師達や民達の怨念が、月の向こう――“幽想の界《サダノス》”に赴くことなく、この地に残留しているとも考えられたからだ。
 この頃になるとさすがにウィムリーフも機嫌を直しており、塩辛い以外に味気のない携帯食を口にしながら、この島で最初にとった美味しい食事について懐かしんでいた。
 やることのなくなったミスティンキルはテントに入ってごろりと横になったが、ウィムリーフはたき火のもとで冒険日誌を書き綴るのだった。やがて日誌を書き終えると深夜までの外の見張りをすすんで買って出た。

 未明、ミスティンキルは見張り交替のため目を覚ました。今はアザスタンが役を務めている。と、彼のすぐ横で眠っているウィムリーフが全身から青い光を放っているのを知った。その光はテントの中をほのかに青白く照らしていた。当の本人は眠りについたままだが、どうやら夢でうなされているようだった。ミスティンキルは慰めるように何度か彼女の頭をなでたあと起き上がり、テントの外へと出て行った。




(二)
作品名:赤のミスティンキル 作家名:大気杜弥