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フェル・アルム刻記 追補編

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     『その煌めきと共に』


 季節は冬。
 港町ネスアディーツは今日も活気に溢れている。
 アズニール暦1059年という年もいよいよ押し迫り、新たに迎える年もまた平穏であるように、とフェル・アルムの住民は祈りながら、日々の暮らしを送っている。
 ここネスアディーツからフェル・アルム東部の最大の街カラファーまで二日、そこから途中セル山地を越えて南下すること一週間ほどで帝都アヴィザノに至る。
 フェル・アルム島とエヴェルク大陸のティレス王国を繋げるこの港町が出来上がってから二年も経たない。というのに訪れた人々にとっては、すでに何世代に渡って栄えてきたような雰囲気すら感じるだろう。それは、フェル・アルムを復興させようとしている人々の情熱のせいに他ならない。

 あの時から――忌々しい“混沌”の到来の年、そしてアリューザ・ガルドへの還元を果たした年から――すでに三年。月日は瞬く間に過ぎていった。フェル・アルムの人々が受けた過大な衝撃を癒すにはあまりにも時間が足りない。とはいえ人々は、弱い者を助け、またお互いを鼓舞しあって懸命に生き抜いてきたのだ。
 アリューザ・ガルドという広大な世界の中に存在することになったフェル・アルムにとって、すべてが新鮮であった。今まで一つの国しかあり得なかったフェル・アルムにとって、他に国家があること自体、驚きに値する。そんな中にあって、海峡をはさんだ隣国ティレスとの交流が始まった。
 一方では軋轢《あつれき》も生じる。ティレスの隣国であるイイシュリア国との争いがあった。これはまだ記憶に新しい、昨年のことであった。

 海を渡ってフェル・アルムへと攻めてきたイイシュリア軍を、フェル・アルム最強の騎士達すなわち“烈火”は完膚無きまでに叩きのめした。この出来事がフェル・アルムの存在をアリューザ・ガルドに示すことになり、またティレスと対等に渡り合える国交を結ぶことに成功した。
 これこそフェル・アルムの国王サイファ・ワインリヴの力量なのだ。烈火達を陣頭指揮し、また国交交渉にあたっては自ら海を越えてティレスに赴いた。彼女のその熱意こそ、フェル・アルムの宝であり誇りに違いない。
 ティレスへの訪問を終えた国王一行を乗せた船は、昨日ネスアディーツに帰ってきた。我らが女王を一目見ようと、港町にはいつにもまして人々がつめかけているのだが、残念ながら人々の期待は裏切られることになるだろう。

* * *

 当のサイファは――白い息を吐きながら、ネスアディーツ商店街をひとり歩いていた。見目麗しく凛とした街娘に心惹かれる男も少なくないだろうが、まさかこの女性が国王その人だとは気付くはずもない。王という立場を隠して市井を歩き回ること。相も変わらずサイファにとっては何より楽しいことであったし、格好の息抜きでもあった。それに人々の暮らしぶりを肌で感じることも出来るのだ。
 今頃、一行が滞在している騎士団の館では、彼女の置き手紙を巡ってひと騒ぎ起きていることだろう。外交官リュアネテは彼らしくもなく右往左往し、近衛隊長であり烈火将軍であるケノーグは落ち着いているようで内心焦っているだろう。そして相談役ウェインディルはまたか、と溜息をついていることだろう。
「すまないな。でもしばらく自由にしてほしいんだ」
 サイファは彼らに心の中で謝ると、波止場へ向かっていった。寒さは一段と増し、肌に染みこむようだ。いずれ雪が降るのだろうか。

* * *

「まあ……今さら案じたところでどうにも出来ぬか」
 サイファが想像したとおりのひと騒動があり――ようやく収まった一室にて、ウェインディルは溜息をついた。突拍子のないことをする主《あるじ》ではあるが、約束を違えたことはない。彼女の手紙にあるとおり、帰ってくるというのなら待つのが賢明だ。ジルとレオズスの加護を受けている珠《たま》を着けている限り、サイファに害意を持つ者が仮にいたとしても、けして害が及ぶことはない。
「私も国王相談役という肩書きさえなければ、彼女について行きたかったものだな」
 だが、さすがに側近までもがいなくなったとあってはまずいだろう。ウェインディルはサイファ直筆の手紙を読み返した。

『たった今ハーン本人から、魔法を使った伝言が届いた。わが友に会う絶好の機会をもうけてくれた。諸卿には申し訳ないが、私サイファは二刻ほど外に出る。』

「ハーンめ。わざわざ神の領域の術を行使して、サイファを館の外に転移させたな」
 もっとも、ハーンの力を借りずとも彼女のこと、館の抜け道を探し出して必ずや外に出ていたに違いない。
(しかし……)
 ウェインディルはほくそ笑んだ。彼らこそが、私に活力を与えてくれる。やはり私はこの世界に――アリューザ・ガルドに戻ってきてよかった。今は生きていることを実感できるから。〈帳〉を名乗り、ただ死んでいないだけの存在に過ぎなかった、あの頃とは違うのだ。

 その時扉が叩かれた。近衛隊長であり烈火将軍でもあるウェルキア・ケノーグが、ウェインディルの部屋に入ってきた。
 短く刈った金髪に浅黒い肌を持つ彼は、ラクーマットびととしてはやや小柄であり、また二十四という若さでありながら烈火を率いている。その彼が今、疲れた表情を見せている。これは長い船旅のためだけではないだろう。相手が話の合うウェインディルだからこそ、彼も本音を露わにする。公の場で見る彼とは異なり、本来はかなり表情を豊かにあらわす性分なのだ。王宮――せせらぎの宮の侍女達が、そのあどけなさの残る風貌と相まって、かわいい、と噂するのもよく分かる。
「ウェルキア、どうした? 陛下が帰って来るのを待とう、と先ほど決めたのだから、やきもきせずに待っているのがいいと思うのだが」
 ウェインディルも今は、ひとりの友人としてウェルキアに接した。
 はあ、とウェルキアは普段の彼らしからぬ溜息をついた。今ここにいるのは烈火将軍“炎の旗”ケノーグではなく、厳粛な近衛隊長でもない。一介の若者ウェルキアだ。威厳という名のおごそかな鎧は取り外しており、年相応の振る舞いをみせている。
「あの方の性分……それは私も十二分に分かっているからいいんですがねえ。ここの騎士団長……といっても私の部下なのですが――を説得させるのにはほとほと参りましたよ。陛下が見あたらないのでどこにいるのか、と訊かれたんですが、まさかひとりで出歩いてるなど言えるわけがないでしょう? なんと言えば彼が納得するのか、言い訳に苦労しましたよ。言うことを間違えれば近衛隊長である私の名のもと、街中を捜索しなければならなくなるのは目に見えてますから。……まったく彼女は、私の苦労など本当に分かってくれているのやら」
 ウェインディルはからからと笑った。
「ああ、笑ったりして申し訳ない。たしかにウェルキア、君は嘘をつくのが苦手だからな。もっともその実直さゆえ、サイファから信頼以上のものを得ているのだろうな。サイファを守護する者、近衛隊長の任にも就いたというのだから」