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果汁

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もういくつ寝ると……って暇がないぞ!
締め切りが迫り、案を纏めながら、原稿に書き止めるボクが居る。
冬の晴れ間とはいえ、冷たい外気を窓越しに感じながら使い捨てカイロで手を温める。

ボクの背中の後ろにはキミがいる。
今日は、キミの気配がボクに来ないでとバリアを張っている。
ひと休みしようかと、ボクは原稿を書く手を止め、席を立った。
何かに夢中なキミに頼むのもどうかと自分で飲み物を取りにいく。
「何か飲む?」
そうキミに声をかけたが、「ううん」と首を横に振る。
マグカップにオレンジジュースを入れて机に戻るボクは、通りすがりに横目で見た。
テーブルの端に置かれた痛んだ蜜柑がふたつ。
席を立ったキミ。食器棚の扉の開閉の音。テーブルにあたる陶器の音。
再び、原稿に向うボクは、気になりながらも、振り向かずに想像する。
キミのほうからくる蜜柑の香りと目の前のオレンジジュースの匂いを嗅ぎ分ける。
暫くして、その音は静かになり、キミの気配は穏やかな温かさに戻ったようだ。
「よしよし、でーきた!」
キミが、立ち上がってボクの傍に来た。
(ああ、さっきの蜜柑……傷んだところを取ったんだな。食べてやらないと拗ねるかな…)
きっと、笑顔いっぱいのにたり顔でボクに言うだろう。ほら……。
「はぁい」
ボクは、予想通りの展開に大きく口を開けた。
「あーん」
「ん?あーんってねぇ……ま、いっか」
「だって、手が汚れちゃうでしょ?誰も見てないからさ。はい、あーん」
誰が見ていようと見ていなくても、恥ずかしい。いや少し馴れたかな。
だが、目の前のキミは指先に摘んだものをなかなか食べさせてくれない。
「じゃあ……本当に食べちゃ駄目だよ。はい、ポストさん」
そう言って、キミがボクの口に咥えさせたのは、一枚の紙……紙!?
「ばび(何?)」
ボクは、その紙を手に取った。
「何も書かれていないハガキ?」
表も裏も何も書かれていないハガキの意味は何かを探してやらなくてはと眺める。
「あ、染みつけちゃったんだ。ははは。蜜柑剥くなら気をつけなきゃ」
キミの頬が、みるみる膨らんでいく。その頬を両側から人差し指で押さえるボク。
ぷう……
頬が萎むと、キミは目元を細めてにっこりと笑った。
「にゃん。怒らないのだ。猫の手も借りたいって言っていたでしょ」
「ああ。年末だからね」
「猫の手でやってくれるかな?」
「さあ?って何を?」
そういうと、キミは、簡易ライターを差し出した。
「実験!」
「え?ああー。……。ここで?大丈夫かな?」
ボクは、ライターの炎をハガキの裏にそぉっと近づけた。
――ことしもありがとう だいすき――
紙に茶色く焦げ始めて浮かび上がった文字。

『あぶりだし』

「じゃあ、これは、あの蜜柑で?」
「そう。八百屋のおじさんに痛んだ蜜柑わけて貰ったの。そんなのは食べさせないよ」
ボクは、指先をほんのり蜜柑色に染めたキミを腿の上に乗せて、薄紅色の頬に顔を寄せた。
「あれ?少し食べたでしょ?」
キミから仄かに香る。
「えへへ。悪くないところを半分ほど。ばれちゃったぁ」
キミの唇が、ボクの頬に触れた気がした。
今、ボクは、キミの見えない気持ちを独り占めしたくなった。

なんてことを思い浮かべながら、原稿に書き止めるボクが居る。
机の端に積まれたまだ何も書かれていない年賀状の葉書。
ただそれだけなのに……。


     ― 了 ―
作品名:果汁 作家名:甜茶