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洋菓子

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真っ赤なお鼻の……トナカイを見たことはないが、居たら人気者になるだろう…か。
いつの間にかそんな季節になったのかと、ほんわかした気分で原稿に向うボクが居る。
何故だか ボクの背中の後ろにいる赤い服を着たキミが気に掛かる。
テーブルの上にある赤い箱を零れんばかりの笑顔で見つめるキミ。
さきほど沸かし始めたケトルの笛が鳴り出した。ボクは席を立って止めに行く。

「食べていい?」
そう言って、すでにキミの指先は、赤い箱の開け口を摘んでいるのを通りすがりに見た。
「どんなの買ったの?」
「もちろん、私の好きなのだよ。ジャーン」
言葉の端々に 音符が飛んでいそうな声で箱から茶褐色のものを取り出した。
「あれ?白くないの?」
「そう。チョコレートの洋菓子」
「それって、『ガトーショコラ』とか『チョコレートケーキ』とか言うでしょ」
「ドルチェでもスイーツでもないの!チョコレートのかかった洋菓子」
「まあいいや。皿とフォークとナイフか…」
「今日は働き者だね。でもフォークだけでいいよ」
「じゃあ、キリのいいところまで仕上げてしまうよ」
ボクは、フォークを二本、テーブルの上に置くと机に向った。
キミは、ホールのままのその洋菓子とフォークを一本持ってボクの傍に来た。
「ふーん。美味しそうだね」
「仕方ないなぁ。分けてあげよう」
「え?一人で食べるつもりだったの?」
「うふふふ。うっそ、食べないよ」
こんな顔は久しく見ていない。意地悪を愉しんでいる顔だ。
「じゃあ、はい。あーん」
「あーんってねぇ」
「だって、手が塞がっているでしょ。誰も見てないからさ。はい、あーん」
誰が見ていようと見ていなくても、恥ずかしいんだ。
だが、豪快にフォークでケーキ、もとい、洋菓子を崩して食べるのも悪くない。
ボクは、キミの差し出すフォークをできる限りの大口を開けて迎え入れた……が、
「もうー」
キミの指先が、僕の唇からはみ出したクリームを拭うとその指をペロリと舐めた。
「うん、美味しいね。甘いね」
ボクは、口いっぱいに頬張った所為で、頷くだけだった。
「次は、私ね」
キミは、ボクの存在など忘れているかのように、食べる洋菓子のことしか見ていない。
「まるで、獲物を狙う、いや、暗闇で真ん円に輝く猫の目ようだぞ」
「にゃお。ねえ猫ってチョコの洋菓子食べるの?」
「さあ?」
キミが、満面の笑みを浮かべ頬張った。その瞬間、ポトリ……。
「あ……」
なんと、ボクの書きかけの原稿用紙のまさに書こうとしたマスの上に見事に着地したチョコレートクリーム。
スポンジ生地のところは、何とかキミのピンク色の唇が受け止めたが柔らかくなっていた部分が落ちた。
「どうしよう」
キミは、素早くティッシュペーパーを手に取り、原稿用紙を拭う。
ボクは、その動きに驚いた。初めてキミが慌てた。しかもとても機敏な動き。
『零しちゃ駄目だよ』と怒ることも『大丈夫だよ』と慰めることもキミに言えはしなかった。
言葉は浮かんだけど、キミの沈んだ表情にほんの一枚書き直せばいいことだと諦めた。
「これは、書き損じ」
クリームを擦った原稿用紙を四つ折りにしてごみ箱へ入れた。
(あとから拾って、こっそり書き写そう)
ボクは、震えている柔らかな温もりを腿の上に乗せて、甘い香りを味わった。
今、ボクは、洋菓子に微笑むキミをずっと見つめていられるといいなと思っている。

なんてことを思い浮かべながら、原稿に書き止めるボクが居る。
チョコレート色の洋菓子。
ただそれだけなのに……。


     ― 了 ―
作品名:洋菓子 作家名:甜茶