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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅰ

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 薄暗い小屋の中。今にも壊れそうなベッドの上に、女性が一人横たわっている。枯れ枝の如く細い身体に既に生気はなく、その顔には死の間際まで続いたであろう苦痛がはっきりと刻まれている。
 ベッドの傍らには二人の生者。その片方、みすぼらしい格好の中年男は、涙を流し声を震わせた。
「おれたちゃ確かに熱心な信者じゃねえよ。礼拝はまともに行かなかったし、ロクに祈ることもしてねえ。でもよぉ、こんな目に遭うのも自業自得だっていうのか? 毎日毎日教会に行ってきちんと祈らなきゃ、救われる価値もねえってのか?」
 男の言葉をもう一人の生者である若者は黙って聞いている。沈黙という答えを受けて、男はさらに問いかける。
「生きるのに必死なのに、祈ることを考えるなんて無理に決まってるじゃねえか。おれたち貧乏人だって、祈りの日くらい働くのをやめてぇよ。でも働かなくちゃ食っていけないんだ。それをなんで神様はわかってくれねえんだよ?」
 若者は答えなかった。答えられなかった。
 確かなのは、教えを守らぬ罪人を教会は救わないという事だけだった。



 神聖都市ラオディキアは丘の上に造られたアルヴィア帝国有数の大都市である。
 千年前、神の子によって建てられたというこの国では、教会が最も強い力を持つ。聖地巡礼のスタート地点であるこの街の中心にも、その威光を示す白亜の教会が鎮座している。外観に負けず劣らず美しい教会の中、とある一室の扉の前に、アルベルト・スターレンは分厚い紙束を手にして立っていた。それも、入ろうとしているのではなく追い出されて。
「また門前払いにされたみたいだな。それも記念すべき百回目」
 声をかけてきたのは同僚のウィルツだ。完全に面白がっている様子の彼に、アルベルトは反論した。
「百一回目だ。それに門前払いされたわけじゃない。一応読んでもらった」
「どれぐらい」
「二、三ページほど」
「…それ読んだって言わないだろ。全くおまえも諦めが悪いな。罪人なんぞ放って置けばいいのに」
「そういう訳にはいかない。ああいう人達を救うことこそ、俺達悪魔祓い師がすべきことだろう」
 しかし返ってきたのは、さぁ? と言う気のない返事だけだ。毎回理由を問うくせにウィルツはいつも適当な返事しか返さない。どんなに筋道を立て熱意を持って話しても、ほとんど聞き流しているのだから。最もそれは彼に限ったことではないのだが。
 いつになったら話を聞き入れてもらえるのだろう。アルベルトは手の中の紙束に目を落とし、深々とため息をついた。



 悪魔は人の悪徳と罪科の証。故に人に取り憑き悪事をなす。その悪魔を祓い、倒すことができるのは、天使の力を得た悪魔祓い師しかいない。
 だからアルベルトは悪魔祓い師になった。そうすれば悪魔に苦しむ多くの人を救えると思ったから。そして実際、悪魔祓い師になってから何度か悪魔に憑かれたラオディキアの人々を癒してきた。
 悪魔祓い師に守られたラオディキアは今日も多くの人が巡礼のためにやってくる。巡礼者で賑わう南門とは逆、人の少ない北門への道を歩きながら、アルベルトは何気なく空を見た。空模様は芳しくない。今夜あたり雨が降りそうだ。
 北門を通ろうとした時、門衛の一人が声をかけてきた。
「アルベルト様。貧民街へ行かれるのですか?」
 悪魔祓い師はその特殊な役割から、司教と同等の扱いを受ける。まだ新米の部類に入るアルベルトも例外ではなく、親子ほどの年齢差がある門衛にすら敬称付きで呼ばれるのだ。
「ええ、何か問題がありましたか?」
 尋ね返すと、門衛はちらっと貧民街のほうを見、人目をはばかるかのように小声で話し始めた。
「どうも貧民街が騒がしいようなのです。何でも救世主が現れたとか言って」
「・・・救世主?」
「よくいる詐欺師の類だと思いますが、騒ぎ方が尋常じゃなくてですね。昨日、大司教様に報告したんですが・・・」
 彼はそこで言葉を切り、また貧民街のほうに目を移す。まるで今の自分の発言が貧民街の人に聞こえてないか確かめようとしているようだ。
「わかりました。とりあえず私は様子を見てきます」
「え? そ、そうですね。そのためにいらっしゃったんでしょうから。お気をつけ下さい」
 挙動不審な門衛に見送られて、アルベルトは北門を後にした。
 豊かで清潔なラオディキアにも、貧しく穢れた場所が存在する。それが、北門のすぐ外に広がる貧民街だ。
 貧民街が穢れた場所といわれるのはある理由があった。住民のほとんどが悪魔憑きなのである。祓魔の秘蹟を受けようと、近隣の村や町から大勢の人たちが集まり、小さな集落にとなっているのだ。
 ラオディキアに始めて来た時、アルベルトはこの貧民街の惨状に大きな衝撃を受けた。これだけ大勢の悪魔憑きが目の前にいるのに、教会は何もしていなかったからだ。悪魔に憑かれたラオディキア市民には祓魔の秘蹟を授けているというのに。
 この理不尽を見過ごすことはできなかった。直接貧民街に足を運んで話を聞き、報告書を作って何度も教会上層部に訴えかけた。
 けれど状況は変わっていない。百一回訴えても教会は動いてくれず、今では門前払いされる始末だ。
それでも諦めるわけにはいかなかった。貧困と悪魔に苦しみ、閉塞感に包まれる貧民街を救うためには。
 しかし、今日の貧民街はいつもの閉塞感がなくなっていた。重苦しい雰囲気が消え、住民の表情が明るくなっている。普段なら非友好的な視線を投げかける人も笑顔を浮かべていた。
「アル兄!」
 土道を歩いていると、小屋の陰から少年が飛び出して来た。軽快な足取りで近づき、ぶつかりそうになったところで急停止する。その様子に、アルベルトは目を見張った。
「ショーン。歩けるようになったのか?」
 ショーンも多くの住人達と同じく悪魔に取り憑かれ、ほとんど動けなくなるほど悪化していた。しかし今は、歩くどころか走れるようにまでなっているようだ。
「救世主だよ! 救世主が来たんだ! その人がぼくを治してくれたんだよ。貧民街のみんなも!」
 そう言って、ショーンはにっこりと笑う。飢えのため健康的とは言いがたいが、それでも以前と比べたら遥かに元気そうだ。
「とにかくすごいんだ。アル兄も会う?」
「・・・ああ、会わせてくれ」
 救世主を名乗り、悪魔に苦しむ民衆から金品を巻き上げる。この手の詐欺の常套句だ。近年増加の一途をたどっていることもあり、今回の『救世主が現れた』というのもその類だと思ったのだが・・・
(悪魔憑きが減っている・・・)
 すれ違う人々は全て悪魔に取り憑かれていなかった。ショーンを含め、つい先日まで悪魔憑きだった人達だ。一度取り憑かれたら、祓わない限り回復することはない。ということは件の救世主は悪魔祓いを行っていることになる。
 ラオディキアの悪魔祓い師ではない。他の街の悪魔祓い師というのもありえない。では悪魔祓いをしているのは一体誰なのだ?
 アルベルトが考えている間、ショーンは救世主が如何なる人物か語っていた。その口調は自分のことではないのに少し自慢げだ。